ずっと、矢面に立つのが嫌でした。
出る杭は打たれるから、そうならないよう生きてきました。
面倒だと思ったから。
いわれのない悪意を持たれるのが嫌だったから。
でもこの1年、仕事をするうえで、
結果として私は矢面に立ち、出る杭となっていました。
嫌われて嬉しく思う人間でもないですが、
嫌われることにも慣れました。
「○○さんはキレイだから・・・」という僻み?嫌み?にも、
「見た目も中身もブスで残念ですね」と
心の内で毒づく余裕も持てるようになりました。
だから、「郷に入っても郷に従わなかった」生意気な私が現場を離れ、
同じまとまりで一緒にやってきた人たちはみんな、
私がいなくなってきっとせいせいしてるんだろうなと思っていました。
でも・・・
周りと歩調を合わせず好き勝手やって、
納得できないことには相手がどんな立場の人間であろうと異を唱えて、
時には声を荒げて反論して、
明らかにはみ出し者だった私を、
それでも、きちんと評価してくれる人がいたこと、
社員教育がなっていなかったと謝罪してくれる上層部の人がいたこと、
仲が良かった間柄でもないのに、
首の件では迷惑をかけっぱなしだったのに、
「頼りにしていた」「辞めることを知った時はすごくショックだった」と
私の存在を必要としてくれている人がいたこと・・・
そういうことを知って、正直嬉しく思いました。
「はみ出しても平気なんだ」という自信が持てました。
そして・・・人と違うことをずっとダメなことのように言われ続けていましたが、
私は別に間違っていない、ようやくそう思うことができました。
この1年、いろんな意味で辛いことばかりでしたが、
こうして終わってみて、それでも得る物があったと気付くことができ、
やっと、「いい経験ができてよかった」と言うことができる気がします。
矢面に立っているとき、自分が誰かの上にいるとき。
後ろや下にいる人の気持ちは自分にはわかりません。
私は、仕事で関わる人のほとんどを、
利害や目的があるからつながっているだけで、
自分以外は全員が敵だと思っていました。
でも、歪まず、保身に走らず、私利に走らず、人として間違わなければ、
きちんとコミュニケーションをとることができていない人でも、
直接関わることがない人でも、
ちゃんとわかってくれる人はいるのだということを知りました。
これは大きな発見でした。
勇気をくれた、自信をくれた環境に感謝です。
というわけで・・・迷いもだいぶ減ってきたので、
矢面に立つ、出る杭になる覚悟を持って、
そろそろ次のフェーズに移りたいと思います。