忙しさや理不尽な出来事の多さのせいにして、
今の仕事を始めてから、いつのまにかやめてしまった「心の成長」。
保身のためにも、そこに留まる分にはいいかもしれないけれど、
ずっとそこにいたいわけではないし、
成長の止まった、むしろレベルの下がった自分に危機を感じ、
最近、意識せざるを得ないことのひとつになっています。
読む本なんかにも、なりたい人やなりたいものになるためには、
それに見合った器の大きさになることが必要と書いてあったりして、
今の私の進路やモチベーション、運なんかを奪っているのは、
実はココなのではなかろうか、とも思ったり。
初めて、この言葉を知ったのは20代前半のころ、
カウンセリングに通っていた時のことでした。
それから少しずつ、少しずつではあるけれど、
その「心の器」は大きくすることができていたように思います。
でも、今は・・・
「できていない」というより、「していない」とはっきり言うことができます。
・・・ダメじゃんね。
人として、今の私はちっとも美しくないです。
ってなワケで、まずは、プライベートでの未熟な自分とサヨナラするつもりで、
ずっと喧嘩していた(というか、私が一方的に怒っていた)
友達と仲直りすることに。
誰かを許せない気持ちは、やっぱりなんだか重くて気持ちのいいものではないし、
そんな自分でいたくもないし。
何より、彼女はやっぱり大切な友達のひとりだから。
何かに忙殺されたり、うまくいかないことばかりだと、
他人を妬ましく思ったり僻んでしまったりもするけど、
本当はそんなことしたくないし、そんな気持ちも知りたくない。
他人の幸せを素直に喜びたいし、願いたいし、
いつでも穏やかな気持ちでいたい。
本当は。
でもそれができないのは結局、私の至らなさというか、
心の弱さ・未熟さのせいであって。
今、もう一度、そこを軌道修正して、
今までの何倍も器を大きくすることを求められているような気がします。
がんばって直るものなのかはわかりませんが・・・
意識して、もう一度努力してみようと思います。
そうしたら、きっと何かが変わると思うんだ。