先日、偶然、知人の死を知る機会がありました。
私はその方の顔と名前を知るくらいで、
話したことも昔に1度、あるかないかくらいの関係性だったのですが、
訃報を知ったとき、何とも言えない気持ちを覚えました。
このご時世、いつどこで何があってもおかしくはないのだけれど、
それでも、若すぎる、死。
その方はもうこの世に存在しないという事実。
私と同世代の誰かが亡くなるという現実に未だピンとこないのですが、
でも、色々と考えさせられました。
そして、今こうして自分が生きていることがとても不思議に思えました。
私は先日、交通事故に遭っていて、
その時、運悪く亡くなっていてもおかしくはなかったのです。
でも、無事でした。
怪我すらしませんでした。
だから、衝撃的な出来事ではあったけれど、
あの事故は、怖い目に遭ったというよりも
人生勉強をさせてもらったくらいの感覚でいたんです。
けれど・・・・・・
「私は生かされている」んだということに気づかされました。
よく聞く「生かされている」という意味が少しだけわかりました。
そして、生かされていることに対しての感謝の気持ちを初めて実感しました。
いつもよりもほんの少しだけ身近なところで見え隠れする「死」。
同時に、新しく生まれる命の話も身近でまた増えつつあります。
プレママ中の友人や、母になったばかりの友人、子育てに奮闘している友人。
終わるものもあれば、始まるものもある。
生と死の営み。
常に隣り合わせに存在する「生と死」。
意識はしていなかったけれど、今、「生と死」について考える機会が増えています。
うまく言葉にできないのだけれど、不思議な感覚です。
ここに私が何を見出せるのかはまだ模索の段階ではありますが、
ライフワークに関することも含め、自分なりの答えを見つけ、
著し、発信したいなあと思いました。
最後に。
生前はほとんどご縁のなかった方ですが・・・
突然の訃報、謹んでお悔やみ申し上げます。