わが国のクレジットのルーツは、1895(明治28)年呉服丸善の始めた月掛け売り(毎月掛け金を集金するという方式)が最初だといわれている。

丸善は、1904(明治37)年に九州の福岡に本拠地を移し、当時発展しつつあった八幡製鉄所や炭鉱の労働者などのサラリーマンを対象に、20回掛け(商品の代金を20等分し、半端と2回分を頭金として現金で徴収し、残りを18回の手形で受け取るという19回払方式)や、交通機関を利用して移動する展示会方式の出張陳列販売などを生み出していった。

丸善は、月賦百貨店(漆器や洋服、衣類、家具、楽器などの月賦販売を扱う)といわれ、現在の流通系クレジット会社のルーツでもある。

19世紀末には、都市化に沿って家族の移動や家庭用品の装備に消費者クレジットの需要が伸びた。

フランスと同様に、一部の店は仲介業者網を使ってクレジットのスリップ制を提供した。

共済組合網も徐々にこれに参加し、ドイツの銀行の特徴の一つとなる、世帯向けのクレジットと預金の同時併行管理が発展した。

今日のドイツの個人債務水準がヨーロッパで最大(収入の一九%)であるとしても、それは世帯の家庭用品保有と生活の水準がヨーロッパで最高であるから当然である。

またシュパルカッセン(貯蓄銀行)と銀行による家計の管理がこれに貢献している。

長期間、預金とクレジットを住宅取得に適用して、この管理に業務を集中した。



業界団体の「日本クレジット産業協会」の前身である「割賦制度協議会」が発足した。

また、クレジット業界初の統一信用機関である「信用情報交換所」が設立された(1965年)。

そして、1967(昭和42)年には、前払割賦販売の規制強化対策として「前払式割賦販売連絡会」が設けられ、これらの三機関を統合して、「社団法人・目本割賦協会」が誕生した。

これが、現在の日本最大のクレジット業界団体である「日本クレジット産業協会」の前身である(現在の名称になったのは、昭和60年)。

当時の協会の事業の柱は、
①信用情報交換に関する業務、
②前払式割賦販売部会に関する業務、
③割賦金融、消費者金融関係について、
④その他、
の業務からなっていた。

さらに、1965(昭和40)年には、信販会社の業界団体である「社団法人・全国信販協会」が設立された。

また、1969(昭和44)年には、日本消費者金融協会(JCFA)が設立された。

業界団体は、この時代にほぼ出揃ったのである。



クレジツトカードの支払い方法を把握しているだろうか。

クレジットカードを使えば支払いを延ばせる。

しかも分割払い、リボ払い、ボーナス一括払いといくつかの種類がある。

代表的なものとしては、一括払いだ。

マンスリークリアともいうが、カードで買い物した後で、25日から最長57日間は支払いを猶予されるというしくみである。

カード決済の90%近くがこの一括払いを利用しているというからまさに主流の支払い方法といえる。

そして分割払いとリボルビング払いがある

分割払いは、買い物代金を3回、6回、15回など月ごとに分けて支払う方式をいう。

カード利用ごとに支払い回数を指定できるのが特徴で、金利は支払回数に応じてつく。

メリットとしては、支払い回数をその都度決めるので、支払い終了時期を把握しやすく、支払いが長引かない。

デメリットとしては、分割払いで複数の買い物をすると、月ごとの支払いが重なるため返済に苦労する。