~真昼の月~

~真昼の月~

日記帳?

今朝、次女にゃん永眠。19歳11ヶ月。19年前の5月5日、うちに来てくれた子。


3月27日、嘔吐してから全く食べず。

不思議な事に、食べたい気持ちは全くないようで、食べられない事は苦痛ではないようだった。

だから私も給餌はこの日からやめた。


この日から家族全員で交代で誰かが次女にゃんのそばにいた。

絶食して、余力のない次女にゃんがいつ急変するかわからないから。

電解質異常や飢餓性ケトアシドーシスとか?

急変するのは仕方ない。ただ早く気づいてあげたい。一人で逝かせたくない。


制吐剤入れる際に原液で皮下注射すると痛いって事で薄めるために皮下補液してた分と、本にゃんがわずかに欲しがる水分とで、1日30〜60ml くらいの水分のみで5週間生きていた。

その水分量も最後の1週間はどんどん減っていった。

4月26日からは、補液も嫌がるから中止。

痛み止めのシロップを0、1ml くらい経口で入れるだけ。


3kg とただでさえ痩せていた体は、骨と皮になって1、9kgまで痩せた。


3日前まで自分でトイレに歩いていた。ヨロヨロして転ぶから後ろから支えてどこに行きたいのか、本にゃんの行きたい方へ行けるように支えた。


脱水の体は口内や眼球が乾きやすくて、シリンジで一滴ずつ口を湿らせて、点眼をこまめにして、それでも落ち窪んでいく眼、、、


立てなくなって這ってどこかに行こうとするようになってからは、抱き上げてトイレに連れて行って、トイレで支えて用を足すのを待って寝床に連れて帰った。

慣れないオムツは猫にとって大きなストレスになるから、買ってはおいたけど、使いたくなかった。


亡くなるちょうど1日前から意識が朦朧としていた。

膀胱もぺったんこで、トイレに連れて行く必要はなくなった。


ハニカムクッションに寝かせていたけど、1〜2時間間隔で手足をモゾモゾと動かす。そのタイミングで体位交換。マッサージ。

ただ寝てるのも疲れるだろうからね。


最後の一日は、知らない人が見たら遺体にしか見えないだろうと言う外見だった。

でも次女にゃんは私にとってどんな姿でも美しい。愛しい。


一目惚れしてお迎えした子。


5週間という長丁場の看取り。


ある獣医さんのブログが私達を支えてくれた。

その人がブログで書いていた。

看取りだからと、いつ逝くかいつ逝くかと待ち構えられると、看取られる動物もいたたまれないだろう、動物にとっては日常の延長で、眠ったらそのまま逝ってしまった、というくらいがいいのでは?と。

だから、絶対見逃してはならないとは思わず、楽な気持ちも持ちながら看取れた。ただ私達家族がその時そばにいたいだけ。

私達はそばにいられなくて寂しい、悲しい思いをするかもしれないけど、次女にゃんが寂しい、悲しい思いをしていなければいいじゃないか、と。


腰、膝が痛いようだから痛み止めは行こう、食べたくないなら無理強いはやめよう、吐き気があるようだから吐き気止めは行こう。

ひたすら次女にゃんの快適を求めて対応して過ごした。

そばにいるよ、愛しているよ、とたくさん話しかけた。たくさん撫でた。そっとブラッシングした。爪のケアをした。

ずっとずっと忘れない。




次女にゃんともう一緒に暮らせない。


現実感がない。