本当に、どうするのがよかったんでしょうね。

 

悲しい事件がまた起きてしまいました。

 

群馬県で元夫が元妻の母親を殺害し、弟にも刃物で切り付けるという事件が起きてしまいました。

今年の3月には、21歳の女性があこがれのポケモンセンターで働いていて、元交際相手から刃物で刺されて亡くなった事件もありました。

女性たちは自分の安全確保のために相談していたんですが、本当に残念な悲しい結果になってしまいました。

女性たちはただ、あなたともうこれ以上お付き合いできません、したくありませんとしただけです。それが通じない。

交際や関係性をやめるだけにならない。
意に反して関係を終わらせられたとき、何が起きるんでしょう。


悲しい、悔しい、腹が立つ。そんな感情を持つことはあるでしょう。


でも、そこから相手を追いかけたり、脅したり、まして殺害予告をしたりすることは別のことです。

 

そんな恐ろしい危険を感じたら当然警察に相談しますよね。
 

警告や接近禁止命令によって思いとどまる人もいるでしょう。


でも、逮捕されることさえ抑止にならないほど危険性が高まるケースでは、それだけで止めきれるとは限りません。

 

スッキリ別れて、本当に危険な目に遭わずに安心して生活できるようにするにはどうしたらいいんでしょう。

接近禁止命令にしたって一定期間が過ぎれば解除されます。
殺害予告があるからと法的に何もしてないのに捕まえて拘束することはできません。

仮にできたとしてもその間は安心できても、一定期間後解放された時がまた怖い。

群馬の事件の女性も加害や犯罪の可能性があるから避難するように勧められた。


池袋の事件の女性もポケモンセンターはやめた方が危険は避けられると言われたようです。

交際をやめたいだけなのに、生活を変えなきゃいけない。
暴力や犯罪にあうなんて、絶対におかしい。

そんなおそろしい危険性や理不尽から安全に解放されたい。
誰もが当たり前に願うことです。
 

危険を感じている相手が、いつ自分の前に現れるかわからない。
いつ危険な目に遭うかわからず、常にビクビクしていなければならない。

 

警戒してくれると言っても24時間張り付いてくれるわけじゃないし、

常に張り付いてくれるのもの、ねぇ…。

海外では、危険度やその人が抱える問題に応じて介入を変える方法などで、再犯を減らす可能性を示した研究もあります。


ただ、長期的に再犯を防げるとまでは、まだはっきり言えないようです。


そうなると、逮捕などで拘束されてる間やどこかの時点で、DVや自分について学ぶ必要があり、自分に必要なことや手放すべきことを学ぶ。

 

その学びがはげ落ちないように維持し続ける環境や場があればいいのでは?と思うんですよね。

「さっき、カチンと来て物を投げようとした」これは暴力だった。

「食事がまだできてなかったので不機嫌オーラを出して、もういいと言った」これは支配だった。と気づく。

「お前は〇〇ではなくていい、そんなのやめろ。こっちの△△にしろ」と口出しして、自分領域を超えて相手領域に侵食してた。とか。


そんな気づきや点検の場があって、いつでもその場に戻れるといいと思いません?

 

「あっ、やばい! これ相手領域に入ってないか?」と日常で引っかかったら、気づきの場に戻る。

よく聞きますよね。
依存症の人たちが依存物から遠ざかっていても、長期のピアコミュニティで相互援助的な関りが持てる場があると。

そのまま同じという訳にはいかないでしょうけど、ピア関係での相互援助と似たような感じで

 

「俺は今週、何をした?」
「その中の何が暴力だった?」
「何が支配だった?」
「どこから相手の領域に入った?」

こんなことを、定期的に自分で点検する。

 

そんな場があったからといって、重大な事件を防げるとは言えません。

 

それでも、一度身につけてしまった暴力や支配というやり方を、別のやり方に学び直していくのなら

 

学んで終わりではなく、日常に戻って、また迷って、また気づいて、何度でも戻ってこられる場所があってもいいんじゃないか。

 

今回の事件を知って、そんなことを考えています。

 

 

 

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※参考:現在利用できる主な制度

 

◆「DV防止法」には、元配偶者も一定の場合は対象となり、本人への1年間の接近禁止だけでなく、親族等への接近禁止命令があります。違反すれば2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金です。

しかも生命・心身への重大な危害が明白で緊急性が高い場合、通常の相手方の審尋を経ずに保護命令を出せる場合もあります。

 

◆「ストーカー規制法」にも警告・禁止命令があり、禁止命令違反には刑罰があります。

さらに2025~26年の改正で、警告を本人の申出なしに職権で行える仕組みなども強化されています。

 


 

今年最後の大型連休のシルバーウィークです。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

お天気に恵まれた所、台風など悪天候になったところなど様々だと思います。
台風にあわれた方々には、お見舞い申し上げます。
どうぞ、この後も気を付けてお過ごしください。

 

シルバーウィークの最終日9月23日(水)は、SEDAの活動はお休みとさせていただきます。

いろいろな状況と思いますが、安全に心穏やかに過ごされますよう願っています。
また来週の水曜日、9月30日より、よろしくお願いいたします。

  SEDA

先日、支援に関わっていた女性としばらく顔を合わせていなかったので、仲間2人と会いに行き3人でお茶をしてきました。

彼女は自分の好きな仕事につき、だいぶ軌道に乗って来ていて、その仕事帰りに会いました。
仕事帰りなので少々心地よいお疲れのようでしたが元気でした。

数年前は女性の集まりに来ても、ただハラハラと下を向いて黙って泣いていたのが印象的な彼女でした。

今では想像もできない姿です。
仕事終わりでも元気にハツラツと話をしてくれてる彼女が目の前にいて、何かこちらがニコニコしちゃいます。

「わー、久しぶり。元気そうだね」
「はい、元気です。今日も仕事で〇〇のようなことがあったんですよ」
「そう、それはやりがいあるね」
「はい、△△と言ってくれると嬉しくて」そう言って、カフェラテをおいしそうに飲みました。


自分の仕事を愛し楽しくやって、その効果が仕事相手からきちんと戻って来る。
とても充実していて活き活きしてました。

「仕事も楽しそうにやっているんだね。夫さんとはどう?」
「うん、なんかすごく楽です」
「へ~、そうなんだ」私も目を大きく開けて、アイスコーヒーを一口ゴクリ。

 

「楽」と言える今なんだ。
離婚するのしないのって言って、とても悩んでいた時期もありました。

DV加害者更生教育プログラムを受けていて、だいぶ変わったと思っていたのに、
夫からは嘘をつかれ、裏切られたり、人格否定されたりしてとても傷つけられていました。

怒りや悲しさなど、いろんな思いでメンタルもかなりこたえていました。

夫に対して「反省させて謝らせたい、もう1回プログラムに参加させたい」と考えたり、


女性たちの集まりで、みんなから「夫さんひどいね」「どうしようもない奴だね」と言われたりして

 

というところから始まったものの、「なんかちょっと違う」

言葉にならない気持ちもあったような…と。

それが、「今は楽です」と言えちゃう彼女。

「夫を何とか、夫をどうにかしたいさせたいという思いで頭がいっぱいだったな~」と。


結局、「夫が悪い、夫をどうにかしたい」と、頭の中は夫でいっぱいで、被害者思考で、

しかも「マウント取りたい‼️の加害者思考でもありましたね」〜と。

伏し目がちに静かに語り、柔らく微笑みながら、ストローをゆっくり回してカフェオレを一口。

私はその言葉を聞くやいなや、アイスコーヒーをこぼしそうになった。

 

 

久しぶりに会った彼女は、「今、楽なんです」と言う。

 

終始ニコニコしかすることがなかった。
こんなに楽しい久しぶりの再会になったのは、「今」の彼女が目の前に居るから。

彼女を誰彼に会わせたくなる。

「ねえ、今の彼女、すごくいいでしょう」って。






 

友だちとの会話とかおしゃべりって楽しいですよね。


先日、子ども国会というイベントがありました。
 

国会議事堂見学があり、そのあと国の予算をみんなで考える。
実際に国会議員に自分たちの考えた予算案をプレゼンテーションしてみようという催しです。


小学校3年生から中学生3年生までの子どもたちがおよそ100人ほど集まって、それぞれの学年で5~6人で1つのグループになって、国の予算のことを話し合います。

各グループに大人が一人メンターとして入り、歳出と歳入の予算決めをして、プレゼンテーションできるまで用紙にまとめていきます。

その話し合いがとても楽しくて、生産的だったんです。

最初に国の予算の歳出と歳入とはの説明があって、なるほどと一旦知識を吸収して、
子どもたちは、やはり自分たちの身近な学校のことから考え始めました。

最初なかなか意見が出ないのですが、今の学校のままで満足してる?
変わってほしいこととか、こんな風になってほしいなとかはない?

いくらでもお金もかけられるとしたら、何か要望無い?
そんな投げかけをしてみると、いろいろ考え始めてくれました。

今の季節らしい、クーラーをつけてほしい。

教室はだいぶついてきたけど、他の教室や体育館とかにほしいとか希望が出て来ます。

ボール遊びができる公園が欲しい。
学校や塾以外で勉強のできるスペースがもっと欲しいという意見も出て来ました。

では、それらをかなえるための収入=歳入はどこから集めようか?

どこのグループでも、たばこ・酒税を増額や税率上げの意見は出やすかったですね。
大人が出すべき税金になるからのようです。もっともだなと思いました。

消費税は自分たちも納税者になるので下げてほしいという要望も割と出ていました。


海外からのインバウンドも増えているので、免税もあるけど、そこからも歳入になるようにできないかな?
 

日本の国を応援してもらうのもいいのではという意見も出ました。

他にもいろんな案が出ていました。


その時の話し合いが、とても相手を、お互いがお互いを尊重し合う、いい話し合いなんですよね。

1つの意見が出ると、みんな最後まで聞くし、うなづくし、質問するし。
1つの意見にみんながしっかり向き合って、聞いて考えるという感じなんです。

無関心だったら「そんなんで、いいんじゃないの~」とかで終わってしまいます。
そうじゃないんです。

みんながその意見に集中するので、話が盛り上がって、深まるんです。

いいコミュニケーションてこういうことなんだろうなと思いました。

まだ、グループワークが始まる前に、学校で何が楽しいと聞いた時に「友達と話すこと」という子が多かったんですね。

自分でも振り返って、授業が楽しいというより、毎日友だちに合って交流できることが楽しいんですよね。


それができないと、学校は苦しいところになります。

人が楽しいと感じるのは、誰かと交流や関りが気持ちよくできること。

それも無理することなく自然体で、自分の思いや意見が自由に安全に言えて、それを受け止めてもらえること。

コミュニケーションって、人が誰かといて楽しいって、そういうことだなと、子どもたちの熱ある楽し気なやり取りや様子を見ていてあらためてそう思いました。

大事なパートナーとの関係も同じですよね。


相手の話に関心持って聞く。

その話に対してのお互いの思いを自由に話し合えることが楽しい。

さえぎったり、否定されたりしない。
力で押さえつけたり、バカにしたり、見下されたりしない。

これらの態度や言いようは、会話が止まってしまいます。
話したいと思わない。逆に黙ってようと思い、場がしらけます。

でも、話し合えば合うほど、楽しいし、盛り上がる。

次々話題が出るし広がる。こんな場は何度でも持ちたいと思いませんか。

こういう場や関係性が楽しいし、居心地いいし、相手に好感を持ちますよね。
もっと話したい、何度でも話したい。また会いたいとなるんですよね。

またこの楽しさ、うれしさ、そんな場を何度でもこの人と持ちたいと思うんですよね。
 

楽しい会話、コミュニケーションって、単純でシンプルだと思いませんか。
相手の話すことを受け入れて、自由なやり取り交流が絶えず流れる場になればいい。

それには否定やマウント取ったりせずに、安心して自由に言いたいことが言える、相手を大切にする心のやわらかい雰囲気。

時に反対意見もあるでしょう。
それだって、違う意見としてきちんと置いておき、認める。
言い負かす必要も否定したり、ましてつぶす必要なんかありません。

意見をまとめなければならないなら時もあるでしょう。

そのためには、それぞれの意見の考えや根拠、意図や理由と、現実吟味の妥当性や時間や予算的考慮を丁寧にすればいいことです。

まずは、自分も相手も自由に自分たちの意見が話せ尊重され、受け入れられること。

この自由に話せ、そして受け入れられるという基本中の基本。

それをできることが、コミュニケーション。よいコミュニケーションの循環。

コミュニケーションにはなくてはならない土台なんだと、それを改めて心地よく感じさせてくれた今回の、子ども国会イベントでした。

対話やコミュニケーションって、なんて楽しくて生産的なんだろうと本当に実感した日でした。


子どもたち、ありがとう。









 

今朝、ホームの上で電車を待っていました。

ホームのその場所は次の駅で乗り換えする階段に一番近いちょうどいい場所です。

だから込み合います。

待っていたら、後から若いカップルが来て、二人で並んで私の左横に立ちました。

1人ならともかく、2人は入れるような入れないような隙間しかなかったんです。

彼が私の左横に立ち立ち軽くぶつかってきました。
え~、なんでこの隙間に入るかな…?

私は当然ズレます。
ちょっと怪訝な顔でチラッと見ました。

ですが、当たってきた彼は何も言わず…です。

「すみません」も、

「ペコリ」もありません。
彼女とそのまま話をしているんです。
彼女わかってないのかな?

私からしたら、あのちょっと、そのぶつかり何ですかーって感じです。

今朝からそんなことがあったので、数十年前の同じような不愉快な出来事まで思い出してしまいました。
 

なんで朝から、こんなことを思い出すとは、 はぁ~…。
思わず空見ちゃいました。

帰り道ただ駅に向かって普通に歩いていたら、後ろから若いカップルの女の子が自転車の運転して二人乗りでフラフラ、バランスを崩して危うくぶつかりそうになりました。

思わず「危ないじゃない」と言ったら、彼の方が文句を言ってきました。
何ていう文句をいわれたのかまでは忘れてしまいましたが、彼女をかばうようなセリフです。

その時も「はあ~」と思いました。
なんでそうなる? 私が怖い思いしたのに文句言われるの?

ブツブツ、腹立つような、悔しいような思いでその後トボトボ駅に向かいました。

自転車の件の時に思ったのですが、
自転車にぶつかられそうになった私の立場が彼女だったら、彼は何て言ったんだろうって。

絶対、なんか言ったはず。
「おい!お前、何やってるんだ、危ねーじゃねーか」とスゴまれたかもしれません。

それは納得いきます。
危険なことされちゃったんですから。
下手したら切れる人もいるかもしれません。

でも、実際は彼女じゃなく、見ず知らずの何の関係もない私が危うくぶつかりそうになったんです。それもあなたの大事な彼女から、私が危ない目に遭わされたんです。

何度も言っちゃう。
危ない目に遭ったのは私。
あなたの大事な彼女ではありません。

今回のホームの上の件でもそうですし、自転車の件でもそうですが、


彼女たちは、彼にそんなことしてもらいたいのかなと…。
そうしてくれたこと、嬉しいと思っているのかなと…。

自分(彼女)のためにやってくれたから嬉しい?
自分(彼女)のためかもしれないけど、普通に考えてどうなの?って思ったのかな…。

私が彼女だったら、そこ文句言うところ? 

ぶつかってまで場所取り? ぶつかりそうになったのに一言も無し?

悪いのはこっちだよ。
今のはやっぱりおかしくない?って。

何を言いたかって言うと
本当に好きな人を大事にするってどういうことかってこと。

好きだから、大事だからって、人に迷惑かけたり負担掛けても彼女を喜ばせようとしちゃうこと?

それって、大事にしているんじゃなくて、大事そうに見せかけての自分のしたいこと(わがまま)を押し通してるだけ。

今回の件も自転車の件も、女の子は全部知っていて、彼のやってくれたことがよかった嬉しいと思うのなら、価値観が二人合っているんですね。

二人の世界では幸せそう。二人の世界での大事にするってことが共有できて成り立っているんだね。

よかったね。パチパチ


二人の友だちまではいいのかもね。同じような価値観だろうから。
ぶつかるのも、文句言うのも「いいんじゃね」って。

でも違う価値観の人たちから見れば、距離を取られるでしょうね。

自分たちだけがいいならいいという、二人の世界にドップリだから。

ちょっと、ついていけないと感じるのではないでしょうか。

でも彼女の方が、彼の言動に疑問を持つような価値観をもっているとすると
「今のは~」と話し合えるんじゃないかな。

その場で、「ちょっと…」と言えるのが一番理想的だと思うけど
できなければ、後ででも

お茶でも飲んでいる時に、
「さっきのことだけど」とか、「今朝のホームの」のとか…。

好きな人を本当に大事にするって

彼女、彼のためでもありながら

その二人の周囲の誰にとっても受け入れられるような心地よいことだから

周りの友達や知人も自分の友人のパートナーに好意を持ち、

二人と仲良くなり、二人を温かく見守り、二人を応援しようとすると思います。

隙間に入って来てぶつかっちゃったら、

「アッ、すみません」この一言で、
こちらも「大丈夫です」って、感じいいカップルだなと思ったと思います。

自転車の通りすがりに「すみませ-ん」と言いながらフラフラしながら自転車で走っていった二人に、その背中に心の中で「気を付けてね」と言っていたと思います。

親密な好きな人を大事にするのは、その人だけではなくその人の周りからも大事にされ愛されるようにすることが、見守り、愛し、本物の大事にするということでないでしょうか。