情報の非対称性(4):ペッキングオーダーモデルの数値例 | 謎の金融日誌

情報の非対称性(4):ペッキングオーダーモデルの数値例

今回はペッキングオーダーモデルを数値で確かめてみます。この仮説はテキストでも言葉で簡単に触れられるだけの場合がほとんどであるため、ここではMyers-Majlufの原論文にやや忠実に再現してみることとします(注:長文)。 

(前提条件)
1.T=-1 期、0期、+1期の3期間を想定します。T=-1では投資家はL社経営陣の行動について同一の情報を持っています。T=0では経営陣はL社の既存の資産と 投資計画について追加的な情報を獲得し、その結果経営陣は企業価値評価を改訂します。ただし投資家はT=1になるまでこの情報を知らないものとします。

2.T=-1における既存資産の価値を期待値A=E(A~)とし、A~の確率分布は資産のT=0における改訂された価値の範囲を表すものとします。経営陣がT=0において改訂する予想値をaとします。これはA~の実現値です。

3.T=-1における投資計画のNPVはB=E(B~)とします。B~の分布はT=0における改訂されたNPVの予想値を表します。経営陣はT=0で改訂する予想はbであり、B~の実現値です。

4.a とbは負の値をとらないものとします。株主は有限責任なのでaが負になっても損失まで負担することはないという意味です。また投資計画のNPVがT=0で 負になることがわかればその時点で経営陣は投資計画を採用しないのでbは負になりません。B~はゼロで打ち止めということです。 

5.経営陣はT=0における既存株主の利益Vkを最大化するものとします。すなわち、経営陣は 
Vk0=Vk(a, b, E)
を最大化します。なお新株主の利益はⅤnとします。この既存株式の市場価値はVk0と等しくなるとは限りません。投資家はA~とB~および株式が発行されるかどうかしか知らないからです。ここで、
 P’ =T=0における既存株主の株式の市場価値(新株が発行された場合)
 P =新株が発行されない場合のT=0における市場価値
 とします。

6.L社の内部留保Sは経営陣と投資家の双方によって知られており定数とします。経営陣と投資家が利用できる情報は以下のようにまとめられます。

           時期    T=-1        T=0         T=1
                (対称情報)   (経営陣情報優位)    (対称情報)
(利用可能な情報)    
        経営陣  A~とB~の分布、S   a、b、S     a、b、残余のS(もしあれば)
        投資家  A~とB~の分布、S  A~、B~、S   a、b、残余のS(もしあれば)
                 E(=0またはI-S)

 上記の前提で具体的な数値例を考えて見ます。今2つの等確率で生じる状態1、2があるものとします。真の状態は経営陣にはT=0で明らかとなり、投資家にはT=1で明らかになります。
  <ケース1>
                   (状態1)        (状態2)
 既存資産             a=150          a=50
 投資計画(NPV)         b=20          b=10

L 社の内部留保は当初ゼロ(S=0)とします。投資計画にはI=100が必要とし、内部留保がゼロなので投資を実行するならE=100の新株を発行する必要 があります。ここでL社が状態の良し悪しに関係なく新株を発行し投資計画を実行する場合の解はP’=115、すなわちA+B=115です(状態1のa+b と状態2のa+bの期待値)。
 状態1ではL社の真の価値は
a+b+新株発行による調達=150+20+100=270
です。これをV≡Vk0+Ⅴn=270と定義します。T=0における市場価値はP’+E(既存株式の市場価値はP’、新株の価値はE)ですから、
 Vk0 =(P’/(P’+E))V=115/215×270=144.42
 Vn0 =(E/(P’+E))V=100/215×270=125.58
となります。
状態2では
 V≡Vk0+Vn=a+b+新株発行=50+10+100=160
 Vk0 =115/215×160=85.58
 Vn0 =100/215×160=74.42
ここで株式の市場価値は
 P’=1/2(144.42+85.58)=115
 E=1/2(125.58+74.42)=100
となっています。L社は2つの状態のいずれでも新株を発行するので、その情報からだけでは投資家には追加的な情報は何もありません。
 しかしこの結果は実は均衡解ではありません。既存株主にとってのペイオフをみてみると以下のようになります。 

  (ペイオフ=Vk0)  (発行・投資 E=100) (発行・投資なし E=0)
   Vk0(状態1)      144.42             150
   Vk0(状態2)       85.58 50

こ のペイオフの下では、既存株主の利益を最大化しているL社の最適戦略は状態2においてのみ新株発行・投資することです。状態1では既存株式の市場価値は新 株を発行する場合より低いからです(144.42<150)。しかしL社がこの戦略を採る場合株価は60(=50+10)に下がってしまします。均衡での 市場価値のペイオフは以下のようになります。

  (市場価値=P’)  (発行・投資 E=100)   (発行・投資なし E=0)
   P’(状態1)           ――           150
   P’(状態2)            60           ――

し たがって、企業は状態1において良い投資計画(NPV=+20)を見送り、状態2において悪い投資計画(NPV=+10)を実行することになります。 T=0における市場価値はP’=60(状態2)およびP=150(状態1)です。既存株主に対する平均ペイオフは1/2×(150+60)=105です。 事前の企業価値における損失は10となります(T=-1におけるV=105に対して潜在的な価値は115だから)。
 別の数値例も考えて見ましょう。既存資産と投資計画の価値を以下のように仮定します。

 <ケース2>
                   (状態1)    (状態2)
  既存資産            a=150       a=50
  投資計画(NPV)        b=100       b=10

ここで、状態1では
 V(状態1)≡Vk0+Vn=a+b+新株発行=150+100+100=350
 Vk0 =(P’/(P’+E))V=115/215×350=187.20
 Vn0 =(E/(P’+E))V=100/215×350=162.79
となります。
状態2では
 V≡Vk0+Vn=a+b+新株発行=50+10+100=160
 Vk0 =115/215×160=85.58
 Vn0 =100/215×160=74.42
ここで株式の市場価値は
 P’=1/2(187.20+85.58)=136.39
 E=1/2(162.79+74.42)=118.05
と なっています。本ケースでは、状態1、2のどちらの場合にもL社は新株を発行し投資計画を実行することが最適解となります(既存株主の価値が増加するか ら)。投資計画は、状態1では新株が本来の価値より低い値段で売らざるをえなくても、見送りを許容できないほどの価値をもっています。新株はいずれの状態 においても発行されるので、新株発行の決定は何の情報ももたらさず、したがってP’=A+B=155です。
 しかし元々の計画の価値では、L社は状態1では新株発行や投資をできません。本ケースではL社に内部留保S=100がある場合、追加的投資のネットのペイオフは以下になります。

   (ペイオフ)       (投資)         (発行・投資なし)
   Vk0 状態1      170(=150+20)    150(=150+0) 
   Vk0 状態2       60(=50+10)      50(=50+0)

L 社は状態1、2の両方において投資をします。事前におけるL社の本来のP’は115であり前の105と比べて10高くなっています。この理由は、企業が NPV20の投資を見送ることを余儀なくされるという可能性50%を回避できるからです。T=-1において内部留保100を確保しておくことで、事前の NPV10を得られたということもできます。