「殺されても殺さない」は本当か? | 安全保障カレッジ 設立準備委員会

「殺されても殺さない」は本当か?

日本人というのは、今も昔も、模倣から独自の工夫をして、自らの生活に役立つ技術や製品を生み出す能力に長けています。

交通が発達して、人の移動も自由になり、ネット社会で情報の収集も容易になって、私たちが学ぶべき材料は、以前とは比較にならないほど多く入手出来るようになりました。

これは産業技術に限ったことではなく、政治の世界、文化の世界でも同じであると考えます。

日本と同じく先の大戦で負け、現在は欧州の大国として復活したドイツからは、外圧によって押さえつけられながらも、将来を見据えての戦略や情報戦争での戦い方を学ぶことが可能な筈です。

自由と民主を掲げるアメリカが、国益を確保するため実際にはどのような政治を行って来たか、ソ連がなぜ崩壊したのか、中国は国連に加盟し、安保理の常任理事国ながら、なぜ海洋法に従わず、自国の主張を他国に押し付け続けられるのか等々、日本人の能力、柔軟性を考えれば、日本が進むべき道は色々と議論されても良さそうなものです。

非常に有能な官僚を持ち、国民の知識レベルも高い日本で、日本の国益を考える人が少ないのは、結局は自分の国を大切だと考えることが出来ない人が多いからなのではないでしょうか。

自分の利益が侵害されれば、それを守ろうとするのが普通です。

法治国家においては、警察の力を借りて解決することになりますが、緊急または最後の手段として、自分や家族を守るために体を鍛え、武道や格闘技を学ぶ人もあるでしょう。

「同じ人間だから、話せば分かる」と考えていても、目の前に襲いかかる者があれば、まずは身を守ることを考えるでしょうし、解決(理由の理解、賠償方法など)はその後の話である筈です。

国に当てはめると大きな話のように感じますが、結局のところは、同じ原理ですよね。

自分個人では権利を主張するのに、地域・国の単位になると同じように考えることが出来ない人が多くなるのは、自分の住む街に対する愛着、優れた文化に対する尊敬、平和で安全な暮らしを維持している理由や感謝など、本来は誰でも自然に抱く感情が無くなっているからのように思えます。

自称平和主義者の人々は、自分の家や車、自転車の鍵も閉めず放置し、泥棒が入っても黙って耐えるのみなのでしょうか・・?家族が誘拐されても、抵抗もせず、悲しくもないのでしょうか・・?

折角、教育が改善されるかと期待していたのですが、現政権で逆戻りしそうです。家庭での教育を、今まで以上にしっかりしなければ、私たちの日本は消えてしまいそうです。








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