ある退役軍人の涙 | 安全保障カレッジ 設立準備委員会

ある退役軍人の涙

昨日は、元自衛官の方々と会食の機会があり、たくさんの有意義なお話を伺うことが出来ました。

その中の、現職時は佐官まで昇進した方のお話が印象的でしたので、本日はこれをご紹介します。

その方はご高齢にもかかわらず非常にお元気で、今でも自動車で日本全国を旅行している方ですが、バーで1曲歌い終わると、しみじみとお話を始められました。

「この歌は、兄貴が生前に好きだった歌で、今でもこれを聞くと兄貴の姿が浮かんで来るんだ」

お兄様は19歳のとき、フィリピンで戦死なさったそうです。

戦死の知らせが届いた後、お兄様の婚約者の方がご挨拶に来られ、家族と一緒に泣いたことや、その方がお土産にどら焼きを持って来られたことを話して下さいました。

思い出したいような、思い出したくないような・・という気持ちで、未だにフィリピンの土を踏むことが出来ずにいるそうです。

勝てないと分かった後も、多くの日本の若者は命を懸けて戦ったわけですが、それは自分の命よりも大切な愛する家族と日本を守るためであり、たとえ戦に負けても、この精神を残すことが出来れば、いつか必ずまた日本は立ち上がることが出来る、という理由からであると言われます。

この方は、お兄様がそのような考えを持っていたかどうかまでは分からないと言いながらも、

「いつの時代でも、若者は時間を大切に、精一杯の努力をしなくてはならない。

やりたいこと、やるべきことを懸命に頑張ることで、世の中は必ず一歩進むことが出来る。

今の日本の若者は、途中で諦めたり、中途半端な知識で満足したりが多く、このままでは日本を発展させることは出来ない。

失敗しても必ずプラスになるのだから、恐がらずに突き進んで欲しい」

と仰いました。

いつも大声で冗談ばかり言う氏が、涙を浮かべながらこのようなお話をなさるとは思いませんでした。

正に私たちの世代が今頑張らねばならない、という気持ちで、身が引き締まりました。






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