誰にでもできると”思わない”ようにという前置きではなく

 

誰にでもできる

 

という作業が多々盛り込まれるのが、世に言う”おもてなし”として使われやすい部分です。

その中で一番のローコスト、誰にでもできる、器用不器用の不要のトリプルコンボをかました一つに”灰”が含まれると思われます。

茶道文庫に灰の話は多々でてきますが、それだけ誰しもができ、なおかつピカイチ状態にでき、ほとんどがしていないというのが現状です。

 

順序が逆順していますが、

 

左上が洗いたての灰  右上が捨てる灰

左下に市販パッケージ  左下が市販パッケージの総量

 

 

おおよそ市販品のパッケージの半分を使用し、半分以下は”茶道用”の灰として使う方と使わない方とに分かれます。

灰を洗う、とは単純に水に浸して灰に沈殿した不純物を取り除く作業のことです。

 

不純物を取り除く作業で篩にかけます。

道具屋さんに是非をつけるのではなく、道具屋さんに置いてあるのは誰もが使いやすいように工夫されたものです。

斜交いに構えた人は不純物を容赦なく取り除くために番手は120−150の篩で灰をふるうそうです。

 

左側が150番のメッシュで漉したもの。

右側が篩にのこったもの。

色が大きく違うのは片方は一度水に晒してあるからです。

 

そして左下にある少量は、湿気ていない150番の灰。

 

乾燥したまま篩にかけると煙のように粉塵が舞います。

その粉塵こそ一番美味しいところだと、飛ばさないように水で濾過するように不純物を取り除くのが最近の傾向にあります。

左側にある灰は湿気ています。

 

 

不純物を取り除くとどう違うのか、は使用時に明確に現れます。

まず軽く匙の裏で押さえてみるとその断面がはっきりとわかります。

上の色の濃い方が150、下の色が薄い方は市販品です。

(説明のためにこの度は湿気させて置いた灰を使っています。)

 

次は篩の漉した灰と残った灰です。

↓こちらは篩に残った方


 

↓こちらは篩で漉し、さらにアク抜きを済ませたものです。

 

色があからさまに違うのですが、適当に台紙の色や粒子のサイズ、断面を比較するとあからさまに”違う”ことがわかります。

篩にかけて洗うメリットは不純物が取り除かれ、また単純に均一性が取れます。均一性がとれることで防火材、防熱材としての本来の仕事はさらに効率よく果たせます。

蟹の甲羅の断面が均一性の取れた空胞(液胞)状態なのと同じ原理です。

また、火消しにも使用します。

火の上から灰をかぶせることで酸素供給を閉ざす役割も備えています。

 

そして熱が通るので灰の中の水分が関係してきます。

ここで大きく灰汁抜きの程度が判明します。

中に灰汁が混ざったままと灰汁抜きしているものとではもう比較にならないので割合します。

 

ここからは別目線ですが、人が美意識を感じる時の一つに”統合性”が影響してきます。

10000あるうちの10000揃っていると美しいと感じ、10でも違えば違和感として違う部分が意識に引っかかり美しさに違いがおこるようです。

作用の使われ方をどちらから使うのか、は個々に委ねるとして、茶道用灰の場合は統合性と機能性の重視からよく灰汁抜きされ、なお篩でこされた極小の粒子の整ったものを良質とされています。

 

ここまでの記述の中で超絶技巧なことは一行たりとも登場していません。

前記の通り、ローコストで誰にでもでき、器用不器用は不要で十二分に発揮できる部分です。

 

よく秘伝の〜とか代々伝わる〜という前振りで権威付けをする場合もありますが、現代社会における分かりやすいものがぬか漬けのぬかと考えると良質のぬかの方がこのまれるのと似た感覚です。