助演男優賞モノだったエリオ爺さん
ヒクソンやホイスの父として知られるエリオ・グレイシーさんが亡くなられた。個人的にグレイシーに関して印象深いことは2つある。1つは2001年に制作した『PRIDE大百科』。この中に「グレイシー柔術とその歴史」という記事があるのだが、そこで何かと分かりにくいグレイシーの歴史を分かりやすく解説しようと、ライターさんと一緒にあれこれ調べたのをよく覚えている。カーウソン・グレイシーにインタビューしたり、様々な資料をもとにしてライターさんが原稿を書き、私がグレイシーの家系図を作った。
調べれば調べるほどグレイシーはややこしいのだが、その長くややこしい歴史があったからこそ神秘性や武勇伝もあった。まだ成熟していなかった総合格闘技の中で、昔の外国人レスラーにあった“未知なる強豪”感があって、“プロレスラー”桜庭和志の好敵手としてはこれほど適材なキャラはいなかった。
そういう意味で、もう1つ印象深いのは、やはり2000年5月1日の桜庭和志vsホイス・グレイシーの一戦だ。
当日、桜庭選手の自伝『ぼく。』が先行発売され、桜庭選手がここでホイスに勝つか負けるかで、その後のいろいろなことに大きな影響を及ぼしそうな天下分け目の決戦。無制限ルール、サクラバマシン、アームロックをかけながらの笑顔、道着脱がし、はずかし固め、ハリケーンボルト……この試合は様々な名場面を生み、まさに歴史に残る一戦だったのは間違いない。
個人的にもこの先、これ以上思い入れの深い試合はないんじゃないかと思うくらいだ。
そんな歴史に残る一戦となった、この桜庭vsホイス戦の最大のハイライトシーンは、ラウンドが進むにつれてホイスがボロボロになっていき、リングサイドから観戦していたエリオ爺さんがソワソワしはじめ、ついに6R終了時にセコンドのホリオンがタオルを投げ、桜庭選手のTKO勝ちが決まった直後の“あのシーン”だったんじゃないかと思っている。
そう、かくも有名な桜庭選手がリング上から笑顔でエリオ爺さんに握手を求め、リング下にしたエリオ爺さんも笑顔で桜庭選手の手を握り替えしたあのシーンだ。あれこそグレイシーの長であるエリオ爺さんが、グレイシーの負けを認めた瞬間だと思うし、まさしくその時歴史が動いたというやつである。
あの試合が後腐れも悪くなく、伝説として語り継がれるのは、エンディングでああいう爽やかなシーンがあったからこそだと思う。そういう意味で桜庭vsホイス戦のリングサイドに、エリオ爺さんがいた意義は大きい。言うなればエリオ爺さんは、この試合の助演男優賞モノである。
だからこそ、エリオ爺さんのご冥福をお祈りしたい。ありがとう、エリオ爺さん!