ワイルド・ペガサスを忘れない | セコンドアウト!

ワイルド・ペガサスを忘れない

FEGと協栄ワールドの記者会見取材中、ケータイに1本のメールが。チラリと見てみると、週プロモバイルさんからの号外。何と、あのクリス・ベノワさんが死去したという。
これはショッキングなニュースだった。ベノワさんといえば日本とは切っても切り離せない選手。デビュー直後から新日本プロレスに留学し、若き闘魂三銃士らと厳しいトレーニングを積んでいた。その後、マスクマン「ペガサス・キッド」として常連外国人となり、ライガーらと名勝負を繰り広げた。
ライガーとのマスク剥ぎ戦で敗れて素顔になると、「ワイルド・ペガサス」とリングネームを改め、より一層パワーアップ。ジュニアのトップ外国人として金本や大谷らとも激闘を繰り広げ、当時はよく「新日本ジュニアにはずれナシ!」と言われたものだ。

かっこよかったなぁ……。私は1ファンとしてジュニアオールスター戦『SUPER J-CUP』の第1回大会を観戦したのだが、そのとき優勝したのがワイルド・ペガサス選手だった。記念すべき第1回大会でライガーでもサスケでもなく、ペガサス選手だったというのがまた説得力があった。優勝記念の金色のジャンパーを羽織り、各団体のジュニア戦士に囲まれたペガサス選手の姿をよく覚えている。
その後、ベノワさんはECWを経てWCWに移籍するのだが、当時のWCWは新日本と提携関係にあり、永田が海外修行という名目でWCWに一時期参戦していたことがあった。そのときに2人で道場(パワープラント)で練習しながら完成させたのが、ナガタロック2であり、クリップラー・クロスフェースだ。
海外遠征に行ったレスラーが、日本に凱旋する際に新技を手土産代わりに持ち帰るのはよくあることだが、永田は今でもこの技を愛用している。そしてベノワさんはWCWからWWEに移ってからも、決して派手ではないこの技を使い続けた。2人とも大事な試合でよくこの技を使い、それぞれの団体でお互いトップに立ったというのは“プロレス的いい話”である。

そんなWWEのトップにまで立った男が「また日本に行ってライガーと対戦したい」と発言していたのを専門誌で見た際には、古くから知るファンの1人として「ベノワは原点である日本をいつまでも忘れないイイ奴だなぁ」なんて嬉しい気分になっていた。
だから私は『エキサイトプロレス』をプレイする際、ほとんどベノワさんを使っていたものだ。
盟友だったエディ・ゲレロさんも残念ながら亡くなったが、ベノワさんと切磋琢磨していたライガーも金本も大谷も、まだまだ頑張っている。だからこそ、ベノワさんにはもう一度日本に来てライガーや金本、さらにはIWGPヘビー級ベルトを再び巻いた永田とも対戦してほしかった。ライガーなんかは、永遠のライバルであるベノワさんと、再び対戦することを目標に頑張っていたのではないだろうか。
あのジュニア離れしたパワー、ダイナマイト・キッドを彷彿させるダイビング・ヘッドバット、ナガタロック2とはひと味違うクロスフェース……もう見られないかと思うと残念でならない。クリス・ベノワさんとご家族のご冥福をお祈りします。