お盆休みなので、のんびり気分。今日は何曜日??
一方、この日本の風習ってどうなんだろう?とも疑問を抱かずにいられません。なぜ、一斉に夏休みをとるのか?お盆のため?
けれども、車の大渋滞、空港の混雑、はたまた台風直撃で、予定をキャンセルなどなど。せっかくの連休なのに、ストレスかかりすぎ?個人の健康や環境への負荷などの面でも、得策ではない!
それなら、8月15日前後2日くらいは家でのんびり過ごして、家族やご先祖様に感謝し言葉で伝える、終戦の日に想いを馳せる、たまには暇で退屈な時間を過ごしてみるとか。
それとも、好きな時期に、できれば最低2週間は休暇をとれるようにならないのか?
などなど、文章化したら長くなってしまった![]()
前振りはさておき・・・前回の続き
仮説 その1
上っ面だけの個人主義に走ったツケが 少子化を招いている
個人主義と集団主義。日本はいったいどっち?
ホフステードの6次元モデルによると、日本はほぼ中間らしい。
これによると、個人主義の強い国1位米国 2位オーストラリア
3位英国、集団主義の強い国1位パナマ 2位インドネシア 3位
台湾。日本も元々は集団主義が強かったけれど、戦後にアメリカからの影響もあり、今では中間になっているとか。
そもそも、日本は農耕民族で稲作中心だから、集団主義的傾向が強かったと言われています。生き残るためには、個々人の考えより、大多数の考えに従うことが良しとされてきた。
ところが、戦後、その集団主義がゆえに起きたともいえる戦争の反省からか、アメリカからの指導の賜物なのか、個人や個性を重んじる風潮が出てきた。にもかかわらず、いまだに実社会では、空気が支配する、同調圧力の強い国のままな気がする。
なぜ??
恐らく、個々人は戦前に比べれば、リベラルで自分の考えや生き方を唱えられ、平和な社会になったように見える。でも、個人主義の本場である西欧諸国と比較すると、まだまだ空気を読むことが求められ、自分の意見を主張するよりも大多数の意見にのった方が安心、むしろ、なんで人と違う風に考えるの?と思考停止状態の人も多いような気がする。
まず、自分で物事を考えるということが、実はとても難しい。
人として個を重んじ、それぞれが多様性に満ちた存在で、大変ながらも何とか協調していける社会が理想であることは言うまでもない。ただし、そこ至るには、かなりの熟考と妥協と忍耐が必要なのでは。
次に、バーバルコミュニケーションも、実はとても必要。ノンバーバルに頼り過ぎ?日本人は。言わなくても表情やしぐさや雰囲気で察することが粋?とでも。言語的コミュニケーションでの共通理解があってこそ、関係性を築けるはず。
つまり、個と個の人間関係である土台の部分に必須な以上2つの点が、日本人は脆弱なのではないか。ゆえに、個人主義という名ばかりで、実質の伴わない、実は集団主義で利己的な、ヘンテコ個人主義になってしまっているのかもしれない。
土居健郎先生の「甘えの構造」を参考に、以下まとめたい。
甘えの定義は、「人間関係において相手の好意をあてにして振舞うこと」。よく使われる「人に甘えている」という否定的な意味合いでなく、
人間関係の根本に関わる重要な心理
赤ちゃんの母親への愛着と言われるものも、これに当てはまる。
本当の「甘え」が育たないと、陰湿な妬みのはびこる社会となり、大人のエゴに子どもが晒されるとも言っている。
そう、ヘンテコ個人主義のせいで、本当の甘えが育ちにくくなっており、まさに、現代社会はこの状況に陥っているようにも思う。これが、少子化の一つの要因であると、私は考える。
以上、このテーマについては終了で~す。
仮説2は、未定。何か思いついたら、またそのうちに。
See you!