夏が来ると「お施餓鬼」をやたらと気にする親戚がいる。

カミさんの実家には、早朝から「お施餓鬼」の電話が毎日入る。

 

正直、檀那寺から1霊位1万円も請求されるボッタクリ行事だと、

嫌悪感しかなかった。

お寺によってお布施がまちまちで、安いのに滅茶苦茶丁寧な供養の寺もあれば、

高いのに「えっ!?」というほど簡略化された供養の寺もある。

 

で、このお施餓鬼って、何ぞや?って事なんだけど、

お亡くなりになった方の中には、生きている内に悪い行いをしてしまったがために、

餓鬼に生まれ変わってしまう人達がいるという話が前提としてあるんです。

 

その罪の内容や程度により、餓鬼には様々な苦しみが与えられるのです。

この餓鬼たちを、少しでも苦しみから救おうというのが、

お施餓鬼という供養なのです。

「自業自得で餓鬼になったんでしょ?なんで供養するの?」

そこなんです。

私たちは生きていく以上、大なり小なり何らかの罪を犯しています。

生きているうちに功徳を積んで、罪業を消していく必要があります。

餓鬼たちを供養することは、我々の功徳となります。

 

餓鬼たちの煩悩と悪業のおかげで、供養ができて、自分たちが救われる。

餓鬼は自分たちの罪を代わりに受けている。

お施餓鬼供養で餓鬼も自分たちも救われる。

 

お施餓鬼には、そんな意味合いがあるのです。

 

ずっと嫌っていた「お施餓鬼」。

その深い意味を知り、自分もお施餓鬼を行うようなりました。

炊いたご飯とお水をお供えし、一心に願う。

それだけです。

 

驚いたことが一つ。

お施餓鬼を行った途端に、体調が良くなったこと。

 

今年は酷暑のせいか、体調が良くなったのですが、お施餓鬼を行った時から、

元気を取り戻してきたのです。

 

怪しい霊感商法じゃありませんが、2000円ぐらいでお施餓鬼できるお寺もいっぱいあるので、お勧めです!