自分は人にどうこう言える立場ではないんだけど、伏見稲荷にお参りするようになって、気づいた事がいろいろある。

一般的にお稲荷さんは、「キツネさん信仰」だと思われている。

実際、稲荷山には数え切れない程の狐像がある。

この狐さんは、神様のお手伝いをさせて頂くために、稲荷神の元に現れた「神使」であり、神様そのものではない。

では、稲荷神とはどんな神様なのだろう。

宇迦之御魂大神を主神とする神社がほとんどだが、この神様は穀物の神様と考えられている。

 

 

 

伏見稲荷の古い御札を見ると、神狐の上に蛇の神様がいる。

 

巳の神様と呼ばれている土地の神であり、土地の神と穀物の神が働く事で、食物が育つという構図だ。

 

伏見稲荷の場合、さらに不動明王が加わる。

伏見稲荷では田中大神という神様の本地が不動明王とされており、伏見稲荷の本殿にもお祀りされている。

伏見稲荷系の稲荷行者の方によれば、ある種の修法には不動明王の力が必要らしい。

時には、弘法大師や観音様、お地蔵さんまで出てくる。

 

稲荷山は仏教色がかなり強い霊場だと感じるが、「神道」なのは間違いない。

それでも不動明王が神域に色濃く現れているのは、長らく神仏習合の信仰が続いたからだと思える。

明治の神仏分離まで荼枳尼天稲荷護摩供が修されており、不動明王の前で荼枳尼天の御札を並べ護摩供を行っていたのではなかろうか?

稲荷山には滝場が点在しているが、滝場の守護はお不動さまで、滝行を行う者をお守りいただいている。

自然霊や天部信仰は、時に「障り」を生むことがあるし、人の欲望による「穢れ」もある。

それらを厳しく抑えられるのは不動明王以外は考えられない。

神使、土地神のような自然霊、天部(神様)、不動明王がバランスよく働くのが、稲荷山の信仰だと感じています。

 

日本各地の有名稲荷神社もお寺とセットになっている所が多く、日本の神と伝来した仏を共存させて、大きな力を得ているのが分かります。

 

いずれにしても、信仰とは人それぞれなので、お稲荷さん=狐さんと信じて祈るのは悪いことではありません。