と題した記事が昨日の夕刊に
載っていました

以下抜粋…
(所々省略してますが
)
妻が先日同窓会でこう挨拶したらしい。
「私のことはご記憶にあるかどうかわかりませんが、あらためてお付き合いのほど、よろしくお願いします」
私は胸を打たれた。
同窓会は旧交をあたためるものだと思い込んでいたが、旧交のない人たちもいる。そう、同窓会の最大の恐怖は、自分のことを覚えていないということなのである。
「誰も覚えていない」ということになれば、「いなかった」も同然で存在を消されてしまう。ましてや隣で「覚えている」者同士が昔話で盛り上がったりすればなおさらなのだ。
そこにいるのにいないかのように振る舞う。無意識のうちにいじめと同じようなことを再現してしまっているのではないだろうか。
覚えているかいないかを問うてはならない。誰かを覚えているから、覚えていない人が発生するわけで、最初から全員「覚えていない」ことを前提に会話すればよいのである。どうしても相手の記憶が気になる時は、「わかる?」と訊く。たとえわからなくても、相手が変わったからわからなくなったことにすればよい。
たとえ記憶がなくても、同じ所にいたというだけで同窓生はかけがえのない友である。同窓会で新たなお付き合いを始めればよい。

まさしくこれ

と私は思いました

私も同窓会が苦手で

旦那に話をしたことがあります

昔、同窓会で『いたっけ?』と一人の男の子に何気なく言われた一言がずっとトラウマなこと
。彼に覚えられていないことは気にならないですが、みんなの前でそれを言われたことが恥ずかしかったです
私は確かに良くも悪くも周囲に溶け込むのが得意です
浮かないように嫌われないようにそうしているうちに、記憶の無い人になってしまっていたのかなぁ…。旦那は逆に嫌われてもわが道をゆく人なので、ある意味浮いていて(笑)、先生や同級生に記憶が残るタイプです

結局、お互いが良いも悪いもある性格なので、極端にならないよう気を付けようねと話は終わりましたが…
この記事で
『そうそう』とか『そう考えればいいんだ』と、ちょっと救われた思いがしました

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