普段、軍事関係のことあまり知らないので、面白かった。



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GPSはアメリカが自軍のために開発した。
そのため自軍に有利にするために民間・他国向けには精度を1/10以上にして公開した。

しかし湾岸戦争で重大な問題が発生する。
自軍に配布するためのGPSユニットが足りなくなってしまったのだ。
しかたがないので民生品を使ったが、上記の理由で精度が使い物にならなかったため、
泣く泣く民間向けの精度を上げるハメになってしまった。

今俺達が正確なGPSユニットを使えるのはアメリカのドジのおかげである。


ノルマンディー上陸作戦で弓矢と剣を装備して突っ込んでったイカレ野郎が居た。
しかも弓矢での殺害記録を出している




フランスはドイツと戦争した時に金と資源にモノを言わせて
国境にマジノ線と言う要塞を築いた。「これで大丈夫」とタカを括ってたら
ドイツ軍は別の国を通って迂回してきた



米軍のスナイパー・スクールでは
「一発でも外したら退学」と言う厳しい決まりがあるが
「当たると確信するまで撃たなくてもよい」と言う意味でもある


■日本軍が使用していた擲弾筒、地面に置く部分が太ももに無駄にジャストフィットするため 使用法を間違える米兵続出




シモ・ヘイヘ
フィンランドの軍人、狙撃手。
フィンランドとソビエト連邦の間で起こった冬戦争では、ソビエト赤軍から“白い死神”と呼ばれ恐れられた。
史上最多の確認戦果505名射殺の記録を残している。

活躍
ヘイヘは狙撃において、ソビエト側では旧式になりつつあったモシン・ナガンM28を使用していた。冬戦争当時のフィンランド軍の制式装備の多くはソビエト製だったが、物資や銃弾が極端に不足していた。
このため戦場で敵の装備を鹵獲して使用する必要に迫られ、
ヘイヘも敵の武器であるモシン・ナガンを使用することになった。
ヘイヘは身長約152cmと小柄であったが、120cm以上あるこの銃を手足のように自由に扱ったと言われる。
後にその活躍から、サコ社によって調整された特製のモシン・ナガンを与えられている。

モシン・ナガンには3.5倍から4倍の倍率を持ったスコープが装着できたが、
ヘイヘはこれを使用せず、銃身に付いた鉄製の照星と照門のみで狙撃を行った。
これは、猟師時代からの射撃姿勢への慣れと装備の軽量化に加え、
スコープのレンズによる光の反射で自らの位置を悟られるのを嫌ったことによる。
ヘイヘの使用したモシン・ナガンのうちの1丁は現在もフィンランド国立軍事博物館に展示されている。

ヘイヘの狙撃技術は入隊前に営んでいたケワタガモ猟で培われたものと言われ、
これは元猟師だった赤軍のヴァシリ・ザイツェフや、アボリジニーの猟師出身者が多い
現代のオーストラリア陸軍SAS狙撃兵などの経歴と共通する。
ヘイヘの狙撃は連続的な射撃と精度を両立していたとされる。
狙撃訓練課程では150mの距離から1分間に16発の射的に成功したという逸話が残され、
実戦でも300m以内ならほぼ確実に目標の頭部を狙撃したと言われている。

ヘイヘの公式確認戦果である505人は世界最多記録として知られるが、
このなかには狙撃銃以外の火器による殺害数は含まれていない。
ヘイヘはサブマシンガンの名手でもあり、“殺戮の丘”の戦闘ではKP31サブマシンガンを用いて、
記録では200人以上、非公式なものを含めれば狙撃で殺害した
505人よりも多くの敵兵士を倒したと言われている。

これらの記録は戦争開始から負傷するまでの約100日間のうちに残されており、
1939年のクリスマス直前の12月21日だけでも25人の赤軍兵士を殺害し、
クリスマスの夜には通算殺害数が138人に達していたという。


こめかみに突きつける形の拳銃自殺が映画等であるが
ヘタすると頭蓋骨で銃弾が変形して
撃ちこんでからしばらく生きても死んでも無い状態になる。



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軍には俺は向かないな

もしかしたら無人化してるかもな。

あとは・・・・いろんなネットカフェの会社が合併してるかもね。

ってか、意外と高級化したネットカフェ(ボーイが居たりして、サービスがよかったりと)ってないよね。めっちゃほしいんだけど、めちゃちゃ高いんだろうな。

とりあえず、ネットカフェの需要は下がる一方だろうな。俺は好きなんだけどな、ネットカフェ・・・。





























ってなことを仕事中考えてました、ごめんなさい