6時10分に起床。朝の食事の準備からいろいろ家事をする。今日は午前中は青梅に御用事。しっかりすませる。母の熱は下がったとのこと…。よかった~。東京で大事なお仕事…。朝、井上先生からお電話が入る。今電車の中でこれを書いている。兄とお電話…。
帰りの電車の中で、みれいさんの傘と同じ体験をした…。バスにのって移動しているとき、目があった女性がいた。最初は気にしていなかったが、その人のとなりになぜかだんだんに座りたくなった。けれども、自分はその人の2つあとの列に一人で座っていたのだから、わざわざそこから立って、その人のとなりに座りにいくのは、周りの人もおかしい動きだと想うし、その人も変に想うかもしれないって躊躇われた。バスはなかなかでようとしない。そのうち、他の人達がのってきた。私は、自分がいつも大きなキャリアを引いているので、それが邪魔になって、2人がけのところに一人で陣取っているのは、おかしい…と想い始め、その女性のとなりなら、荷物もおけて、そこが2人がけになり、自分のところは2つ空くようになるという理由を見つけた…。それで動こうとしたがやはり、動けない。そうしていたら、まだバスがでない。また、人々が乗ってきた。そこで、思い切って動いた。すると、少しして、ちいさな子供が私のもとの席に座りにきて、とっても嬉しそうに座った。彼女の大きさからすると、席に座れることは本当に安全のためによかった。次に、その子のお姉さんのような子が前の方からやってきた。その光景をわたくしは、忘れない。二人仲好く座っている。すると、今度のその問題の女性がバッグから本を取り出してきた。中学校の学習指導要領だった。悪名高き?指導要領、リザパラの権化である。それをもとに二人は楽しい会話にはいった。私は名刺をもっていなくて、彼女が名刺をわたしに手渡した。彼女は研究者でこれから学会発表だそうだ。わたしも研究者だから、意気投合した。ちょっとした出逢いだった。信号には素直にいきなくてはいけない…。
↑こんな1週間でした~。
この1週間いろいろな気づきや考えがありましたが、一つだけ書いてしまいましょう。
「今週はメールの暴力についてである。自分をほんとうにはたちあげていない人からのメールは注意しないといけない。目的と手段ということがある。目的が崇高であれば、手段を選ばないという作法である。これには厳重に注意を払わないといけない。手段が下劣で下品で下賤であれば、見える景色も、下賤で下品で下劣にしか見えないという法則があるということを…。とっても美しいものをみてもである…。なぜかと言うと、下劣で下品で下賤な方法を続ける精神性がはや、目の前に起こっていることを、そのような価値観でしか表現したり、感じられないからである。そこで、「そういうものにつきあってはいけないっていろいろいっては見ても、ほんとうの自分が立ち上がってないから、自分が立ち上がらないでも辻褄が合うようにしてくれる、傘から一歩もでようとせず、リスクを取る生き方に入れないのである。どんなにその人が貢献できるつながりが待っていても、である。その人こそがそれを助けられるのに、大事な使命に飛び込んでいけないのである…。呆れてしまうほどである。目的と手段の水準があった世界の中で生きることをお勧めする…。その区別は、その人の声を聴いて!下賤で下劣で下品な人間の音は直に判る。」
丁度、このことにあった詩が友人から送られてきた…。
みらいを変えたい
東日本大震災で去っていった人達…
もっと大きなものがくるとおののく人々
責任はだれ?
あなたが一歩を踏み出したら…
大いなる魂がその道をはじめる
責任はだれ?
穢れたように見える、なにか…
けれど、浄化はすんでいる
責任はだれ?
さあ、あなただけの魂の声を信じて…
あたらしい、あなたの生き方と一つに
一人になってつながって、責任がはたされていく
帰りの電車の中で、みれいさんの傘と同じ体験をした…。バスにのって移動しているとき、目があった女性がいた。最初は気にしていなかったが、その人のとなりになぜかだんだんに座りたくなった。けれども、自分はその人の2つあとの列に一人で座っていたのだから、わざわざそこから立って、その人のとなりに座りにいくのは、周りの人もおかしい動きだと想うし、その人も変に想うかもしれないって躊躇われた。バスはなかなかでようとしない。そのうち、他の人達がのってきた。私は、自分がいつも大きなキャリアを引いているので、それが邪魔になって、2人がけのところに一人で陣取っているのは、おかしい…と想い始め、その女性のとなりなら、荷物もおけて、そこが2人がけになり、自分のところは2つ空くようになるという理由を見つけた…。それで動こうとしたがやはり、動けない。そうしていたら、まだバスがでない。また、人々が乗ってきた。そこで、思い切って動いた。すると、少しして、ちいさな子供が私のもとの席に座りにきて、とっても嬉しそうに座った。彼女の大きさからすると、席に座れることは本当に安全のためによかった。次に、その子のお姉さんのような子が前の方からやってきた。その光景をわたくしは、忘れない。二人仲好く座っている。すると、今度のその問題の女性がバッグから本を取り出してきた。中学校の学習指導要領だった。悪名高き?指導要領、リザパラの権化である。それをもとに二人は楽しい会話にはいった。私は名刺をもっていなくて、彼女が名刺をわたしに手渡した。彼女は研究者でこれから学会発表だそうだ。わたしも研究者だから、意気投合した。ちょっとした出逢いだった。信号には素直にいきなくてはいけない…。
↑こんな1週間でした~。
この1週間いろいろな気づきや考えがありましたが、一つだけ書いてしまいましょう。
「今週はメールの暴力についてである。自分をほんとうにはたちあげていない人からのメールは注意しないといけない。目的と手段ということがある。目的が崇高であれば、手段を選ばないという作法である。これには厳重に注意を払わないといけない。手段が下劣で下品で下賤であれば、見える景色も、下賤で下品で下劣にしか見えないという法則があるということを…。とっても美しいものをみてもである…。なぜかと言うと、下劣で下品で下賤な方法を続ける精神性がはや、目の前に起こっていることを、そのような価値観でしか表現したり、感じられないからである。そこで、「そういうものにつきあってはいけないっていろいろいっては見ても、ほんとうの自分が立ち上がってないから、自分が立ち上がらないでも辻褄が合うようにしてくれる、傘から一歩もでようとせず、リスクを取る生き方に入れないのである。どんなにその人が貢献できるつながりが待っていても、である。その人こそがそれを助けられるのに、大事な使命に飛び込んでいけないのである…。呆れてしまうほどである。目的と手段の水準があった世界の中で生きることをお勧めする…。その区別は、その人の声を聴いて!下賤で下劣で下品な人間の音は直に判る。」
丁度、このことにあった詩が友人から送られてきた…。
みらいを変えたい
東日本大震災で去っていった人達…
もっと大きなものがくるとおののく人々
責任はだれ?
あなたが一歩を踏み出したら…
大いなる魂がその道をはじめる
責任はだれ?
穢れたように見える、なにか…
けれど、浄化はすんでいる
責任はだれ?
さあ、あなただけの魂の声を信じて…
あたらしい、あなたの生き方と一つに
一人になってつながって、責任がはたされていく