私は学生時代を広島市内で過ごしました。市内を流れる大田川河口付近の潮汐は,1日の水位差が3メートル以上にもなり川の景観は一変します。この変化を見ながら,私は川沿いの道路を歩いて大学に通っていました。「高校地学で学んだ潮汐の説明はおかしいぞ」という疑問は,この時の体験から生まれました。
綾小路きみまろさんではありませんが,あれから40年!,山口大学教育学部に在職中、講談社ブルーバックスという本に潮汐の解説を書く機会がありました。執筆に当たってこの疑問が気になり,隣の研究室にいた物理の先生に教えを請うたことがあります。「それは強制振動だよ!」,即座に対応してくれた先生の回答は簡潔明瞭,目から鱗が取れるようなその時の感動を今でもよく覚えています。さっそく物理の教科書を借りて,強制振動について少しずつ勉強しました。
強制振動仮説は,潮汐の通説とは基本的に矛盾しています。そのため,もし強制振動仮説が正しいならば,高校地学の教科書や科学啓蒙書で紹介されている潮汐の説明は根底から変える必要が生まれます。著名な科学哲学者ファイヤーアーベントは,「方法への挑戦」という本の中で,「よく確立された理論と矛盾する仮説は,他のどのような方法によっても得られない証拠をわれわれに提供する」と述べて,通説に矛盾する仮説の重要性を主張しています。強制振動仮説の導入はまさに彼の主張によく合致する事例ではないでしょうか。
この『地球科学への窓』では,まず最初に潮汐問題を取り上げて,強制振動仮説の概要とその科学的意義について提案していきたいと考えています。
まず初めに,通説として一般に広く普及している説明から検討していきましょう。通説の代表例として,気象庁のホームページ『潮汐の仕組み』を取り上げます。このサイトでは,満潮と干潮を次のように説明しています。ただし,文中の「下図」は省略しています。
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潮汐が起こる主な原因は,月が地球に及ぼす引力と,地球が月と地球の共通の重心の周りを回転することで生じる遠心力を合わせた「起潮力」です。 地球と太陽との間でも,同じ理由でやや小さい起潮力が生じます。
下図のように,起潮力が地球を引き伸ばすように働くと,潮位の高いところと低いところができます。 潮位が上がりきった状態が「満潮」,反対に下がりきった状態が「干潮」です。
地球は1日に1回自転するので,多くの場所では1日に2回の満潮と干潮を迎えることになります。 また,月が地球の周りを約1か月の周期で公転しているために,満潮と干潮の時刻は毎日約50分ずつ遅れます。 さらに,満潮時と干潮時の潮位やそれらの差も,毎日変化しています。
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図1 通説による起潮力と潮汐との関係
「起潮力が地球を引き延ばすように働く」という表現が,通説の特徴を最もをよく表していると思います。最新の潮汐論では,ポテンシャル概念を用いて「海面の形は起潮力の等ポテンシャル面に一致する」と考えることが多いようですが,潮汐の形は図1とほぼ同じになります。
潮汐を初めて力学的に明らかにしたのは,よく知られているように17世紀の大科学者ニュートンです。「潮汐を起こす力(「起潮力」または「潮汐力」と呼ばれています)は,月の引力と地球自身の公転運動によって発生する遠心力との合力である」というニュートンの理論は今でも潮汐論の出発点となっています。遠心力の強さは地球上のどこでも同じですが,月の引力は月に面した側で強く,逆に反対側では弱くなるため,起潮力は月に面した側とその反対側で大きくなります。図1の太い矢印が最大の起潮力を表しています。月に面した側とその反対側では起潮力が最大となり,海水が引き上げられて満潮となるとニュートンは考えました。
ニュートン流の説明によって,潮汐が約12時間周期で起こること,1日に約50分ずつ遅れること,月と太陽の位置関係で大潮と小潮が起こることなどはうまく理解できますが,大きな問題点があることも知られていました。もう一度図1をご覧下さい。地球の左半分は夜,右半分が昼間です。したがって,通説によれば満月の日の満潮は月が南中した真夜中と,その反対側の真昼に起こることになります。日本の太平洋沿岸の満潮時刻を調べてみると,満月の日の満潮は明け方と夕方に起こり,真夜中と昼間は干潮になります。この事実は,図1から期待される潮汐とは全く逆で,時間にして約6時間、波長では半波長に相当する大きなずれとなっています。
図1の潮汐は,全体が一様な深さの海で覆われてた地球(これを「仮想地球」と呼ぶことにします)を前提にした理論的結論であって,複雑な海洋に発生する実際の潮汐を表すものではありません。複雑な海洋地形による摩擦などによって理論からずれたとしても,多くの人は何となく納得してきたのではないでしょうか。
最近では人工衛星を使った高精度の観測データに基づいて,各地の潮汐をいろいろな波長の波に分解して数学的に説明する方法が開発されています。「分潮」というこの考え方を用いたこの説明は実際の潮汐の様子をうまく説明できるようですが,これは数学的に説明する「数学的モデル」であって,どのような物理的原理が働いているのかを示す「物理的モデル」ではありません。潮汐現象は明らかに純粋な力学的現象であると考えられます。したがって,潮汐論における最終的な目標はその物理的原理の解明にあると私は考えています。
詳しい説明は次回以降に回しますが,読者に興味と関心をもっていただくために,今回はその概要についてだけ簡単に紹介しておきます。
起潮力には力学的性質として重要な2つの要素があります。一つはベクトルとしての「大きさと向き」,他の一つはおよそ12時間の周期で繰り返し作用する「周期性」です。ニュートン以来のほとんどの潮汐論は「大きさと向き」だけに基づいて展開されており、周期性はほとんど考慮されていません。ここに大きな問題があるように思います。周期的な外力が作用すれば,物体は振動する。これは物理学の基本的な原理の1つです。「強制振動」と呼ばれるこの振動は,最近では地震による建物の揺れなど防災面でも注目されていますが,この原理を導入して潮汐を理解する「強制振動仮説」を私は提唱しています。
仮想地球における海洋には,振動しやすい固有周期があります。海洋に外力(起潮力)が周期的に作用すると,海洋は振動します。これが強制振動です。どのような振動になるかは,起潮力(外力)の周期(または振動数)と海洋の固有周期(または固有振動数)との関係で決まります。これまでの研究によって,全体が水深5000メートルの海で一様に覆われていた仮想地球においては,海洋の固有周期は30時間以上(1日当たりの振動数は0.8以下)であることが分かっています。一方,起潮力の周期は自転周期の半分の約12時間です。1日当たりの振動数にすると約2.0となります。したがって,仮想地球の海洋では《外力の振動数>物体の固有振動数》の関係が成り立つため,海洋は起潮力に対して逆位相で振動することになります。図2はこの関係を表す模式図です。潮汐を強制振動と見なせば,月に面した側とその反対側で干潮,90度離れた所が満潮となり,図1に示された通説とは全く逆の関係になります。このように強制振動仮説を導入すれば,太平洋沿岸における月の南中と満潮との約6時間の時間差は摩擦等による「ずれ」ではなく,力学的な「位相差」として合理的に理解することができます。
強制振動仮説を最初に唱えた物理学者は,福住靖治氏ではないかと思います。彼は2001年に「起潮力と潮汐運動」という論文を発表して,潮汐は潮汐は強制振動現象であることを理論的に証明しています。この論文は日本物理教育学会の会誌「物理教育49巻」に収録されているので,関心のある方は原著論文をご覧下さい。他にも強制振動に注目している人は何人かいますが,世界的に見ても多くは亡いと思います。
強制振動仮説については,次回以降に詳しく解説したいと思います。どうぞ,ご期待下さい。
図2 強制振動による起潮力と潮汐との関係

