あくまで個人的な意見です。

 

大阪で問題になっている地毛問題。

生まれつき茶色の髪だと主張する生徒Aが黒染め強要されたとして問題になった事件。

これはいろいろな議論がある。

例えばテレビのインテリは「プライバシーに反する。ありえない」という意見。

これは現場を見ていない。私は教員の端くれだから多少なりとの生徒を見てきた。

私が去年まで臨時で働いていた高校は大阪の私立高校であったが、荒れると真面目の冷たき緊張が日々あった。

もし地毛を認めると、つまり生徒の主張を認めると、はっきり言って色々な生徒が「私は地毛が赤や」など言ってくるに違いない。

ここまでくるとさすがにヤバイ。

この問題が肥大化するといずれは「個人の主張を認めなければならない」ようになり、ピアスも入れ墨もOKとなる。

 

尾木ママで知られる尾木さんはもう現場を知らない。

インテリの意見になっている。今は大学の教授にメディアの力を借りてなっちゃってるけど、生徒よりもお金にくらんだやつ。

こんな奴の意見を聞いているメディアはもっとくず。

 

何を取るか、が難しい。

だが、生徒のことをそして生徒が通う学校のことを思うと、それなりの拘束(校則)が必要なのではないか。

ある意味軍隊みたいに何かで生徒を統制していないと、さすがに学校がつぶれてしまうし、本当にまじめに学校生活を楽しみたい生徒

が学校に来なくなる。これからフリースクールがはやるだろう。こっちのほうに生徒が流れてもおかしくない時代になる。

悪循環。

一部ですが公開します。この続きが欲しい方はぜひご連絡を。

 

従来の知識伝達を重視した授業の設計と評価に対して主体的な学習を基本とする授業について設計と評価の特徴を比較し、その比較の視点毎にまとめて授業設計ならびに評価についての留意点を述べよ。

 

ねらい

従来の知識伝達を重視して伝統的な学力を育てようとする教育(課題習得型学習)は基礎・基本となる知識や技能の習得が狙いとなる。なお、この教育を以下では「前者」と呼ぶ。主体的な学習を基本として新しい学力を育てようとする教育(課題発見型学習)では自ら考える力を育成することを狙いとしている。先と同様にこの教育を「後者」と呼ぶことにする。

 

課題作り

前者の場合では主に教師によって課題や問いが作られて、子どもに提示される。知識や技能の習得を目指すこの教育では問題を解くということに着眼点が置かれていて、それに対して子どもたちが解答することを想定している。そこでは、カリキュラムにもとづいて、計画的かつ体系的に課題が作られている必要がある。後者の場合は、自らの興味・関心にもとづいて、子ども自身によって課題や問いが作られる。後者の教育では子どもたち自身が主体的に考えるということに重きがあるため、あくまでも子どもたちが中心である。また、その際に、必要に応じて教師や学外の専門家が彼らのサポートをしていくことが求められている。

 

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教育心理学のリポートです。一部ですが公開します。

 

児童期、青年期において社会的認知(社会性の発達、対人関係(親・仲間))の拡がり、自己意識などがどのように変化するかをまとめよ。

 

人間は、乳児期・幼児期・児童期・青年期という発達段階を通じて成長していく。

乳児期は、特定の大人との継続的な関わりにおいて、愛されることで愛着が深まり情緒が安定し、人への信頼感を獲得していく。よって乳児期は、この信頼感を頼りにして、徐々に身近な人に働きかけ、歩行の開始などとともに行動範囲を広げていくと考えられている。

次に乳児期の次段階である幼児期を述べたいと思う。幼児期になるにつれて、身近な人や周囲の物などに関心を向け、また認識力や社会性を発達させていく。人格の基礎としての自我が芽生える時期と言い換えることが出来る。また第一次反抗期とも重なる時期である。例えば何でも一人でやりたがるようになり、かつ親の手助けを拒みだし、自己中心性があるために仲間とも衝突することも学ぶ。自我が目覚め、社会的交渉能力が発達し、文字習得や数概念獲得を学んでいくのが幼児期である。

児童期は、身体発達や情緒的にも比較的緩やかで安定した時期である。この児童期に入った時に最初に来る変化は「二次的ことば」の習得である。「一時的ことば」は幼児期の段階にあり、これは状況の文脈を共有している人間同士しか分かりあえない、かなり狭い限定的なことばであった。ここから本格的な読み書きをする能力が要求される二次的ことばの獲得がこの時期に要求されるようになる。このことばは聞き手や読み手が理解できるように会話する機能を持ったものである。また、メディアや仲間との会話等をすることで、興味関心を得ることも可能である

児童期の人間関係を見ていく。これまでは親や身近な人間が対象であり、家族から同年代の仲間との交流へと関心が移行していく。また、児童期において、小学中学年になるとギャング・エイジの時代になる。ギャングとはチームや仲間という意味である。これは「何でもできる」という自信が生まれ、より自己主張をするようになる。マイナスな意味というよりも「自我の芽生え」と認識していくことが重要であり、ギャング・エイジには5,6人ほどの集団で行動することも多くなり、行動を共にすることで結束力を高めようとする。その中で様々な集団に属するより喜びや心理的な結びつきを体験しルールを学習していく過程である。また親をはじめとする大人たちに対して距離を置きたいという気持ちが働きだし、大人がいない場所で遊びようになり、さらには親に反抗的になり、嘘をついて仲間だけの秘密を形成して秘密を共有するようになる。そのことが逆に仲間同士での結束力の向上につながっていると言える。・・・

 

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