なぜ勉強するのか | 【東大理Ⅲ・文Ⅰ生が教える】セカンドスクールのブログ

なぜ勉強するのか

なぜ勉強をするのか

毎日勉強していると、「なんでこんなことやっているんだろう」、「こんなもん将来役にたたねぇよ」と思うこともあるでしょう。サイン・コサイン・タンジェントなんて社会に出てから使うことは無さそうだし、古文が読めても世の中に出回っている文章はすべて現代語で書かれているから意味ないし、元素記号なんて知らなくたって別に困らないし・・・という気持ちになります。
率直に言いましょう。私の経験から言って、上記の指摘はまったく正しい。ざっくり言えばサイン・コサイン・タンジェントも古文も元素記号も社会に出てからまったく何の役にも立ちません。ただし一部、専門的な研究者になろうとしている方は除きますが。それどころか「円の面積」が求められなくても何にも困ることはありません。ではなぜ私たちは大学入試においてそれらの実力が試されるのでしょうか。

それは結局、大学というところが教育機関であるとともに学術研究機関であることに起因するのではないでしょうか。大学側は少しでも優秀な学生を欲しがります。ここにいう「優秀」って何なのでしょうか。

それに対する一つの答えとして、「必要なことは最低限きちんと準備できる」ということなのではないでしょうか。大学入試で出題される範囲は決まっています。配点も時間も決まっていて公式に発表されています。そしてどれくらいの点数を取れば合格できるのかいわゆるボーダーラインというのも予備校などの調べで明らかになっています。
とすれば、自分の行きたい大学が必要としているものはすべてこちらに提示されているのです。あとはそれに向かって努力できるのか、一定の結果が出せるのかが試されているのです。言い換えればサイン・コサイン・タンジェントを理解している人間が欲しいというよりは、サイン・コサイン・タンジェントという課題に対して要求されるもの本番までにきちんと用意できる人間を欲しているのです。