千葉市ではたらく社長のブログ -220ページ目

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写真と本文は関係ありません。 

 

今日は

昨日の自己嫌悪と悔しさから

一転して、光が射し救われる。

そんな感覚の日でした。

 

昨日はあまりの悔しさでいつも以上に夜ベッドに入っても眠れず、

今朝はなんとも心が晴れない朝でした。

 

 

最近、大きな壁にぶち当たっている社員がいます。

歯を食いしばり、立ち向かい、

必死に耐えて光が射す方向を見つけ、

なんとか動き出そうともがいています。

 

昨日はそんな彼にさらに追い討ちをかける

ある結果が出てしまいました。

その仕事には彼は会社の期待と、

彼自身の想いもあり、入れ込んだ案件でした。

 

しかしながら、上手く行かない彼には残酷な結果が待っていました。

かれは社内メールでその結果を報告してきました。

私にはそのメールから彼の感情が痛いほど伝わってきました。

 

勿論上手く行かなかった結果を導いた私の

マネジメント力の不甲斐なさもありますが、

何より悔しかったのは彼の報告を聞き、

仕事の合間に一度家に戻ったときでした。

 

仕事に戻るため、自宅に置いてあった

これから使う仕事の資料だけを抜き取ろうとしたら、

気になる書類がひらりと抜け落ちました。

その書類は彼に追い討ちをかけた案件に関する書類です。

 

その書類を見たとき、私は血の気が引く想いがしました。

私はある事を思い出しました。

案件の提案前に、彼は何度も何度も私に相談に来ていました。

そんな彼の相談に応じながらも、他の事で終われていて、

何度目かの相談の時には、

「今は考える時間が持てないから、明日まで考えさせて。

明日の朝までに結果を出すから」

 

そういい残し、書類を手に次の約束に向かいました。

当然ながらその案件が頭から離れたことはありませんが、

私はその書類からデータや情報を拾わず、

自分の感覚だけで、結論を出し彼に戻しました。

今思うと、もう少し思慮していれば、

結果は変わっていたように思います。

 

彼が魂を込めた資料に目を通さずに、

自分の感覚だけで結論を出し、

ゴーサインを出しました。

私1人の案件であれば、文句は無いですが

私は、自分の処理能力の無さから来る時間の無さを理由に

彼の想いが詰まった情報と向き合うことなく、

結論を出し、彼をさらに追い討ちをかける要因を作ったのです。

 

 

当然ながら彼自身の能力がまだまだ及ばない部分はあります。

知識も断然不足しています。

しかしなながら、熱意は誰にも負けていなかった。

苦しいながらも歯を食いしばり打ち勝とうと思った案件に

私は熱意で答えていなかった。

 

この事が、悔しくて悲しくて自己嫌悪に陥りました。

夜は頭からこのことが離れず全く寝付けませんでした。

 

私のいくつかある仕事のひとつは

社員が最大のパフォーマンスを発揮できる環境を提供し、

その環境で最大のパフォーマンスが出来るよう

サポートしていくことが仕事です。

 

そんな簡単な事を、

自分の事で手一杯になり忘れていたのです。

 

彼に対して申し訳ない思いを強く感じました。

 

この案件に対しての原因は

彼のいくつかの不足や頑固な部分と

大部分は私の管理不足です。

そもそも彼にそんな苦しい思いをさせている時点で、

私の仕事が出来ていない証拠です。

 

彼に対して、申し訳ない気持ちで一杯になりました。

 

本日、そんな寝不足の中出社すると

彼は特別な業務ですでに外出をしていました。

彼の最近の顔色を思い出しながら、

今日の彼の精神状態に気をもんでいました。

 

 

そんな時、彼からメールが。

そのメールの内容とは、

以前の仕事が評価されて、

「再度別の案件も手伝って欲しい」といった内容でした。

 

ここで多くは書きませんが、

今までの彼の悩みのひとつに

「信頼を得られない」ということなのに、

今日は全く逆の内容で必要とされたのでした。

 

この1件で、彼も少し自身を取り戻したようで、

帰社してきた彼の顔には少しばかりか力が

戻っているようにも見えました。

 

この1件で私の昨日の自己嫌悪は解決していませんし、

私の管理能力も何も変わってはいません。

 

しかしながら、彼がひとつ気が付いてくれたことがありました。

同じ仕事ぶりでも、同じ内容でも

相手に対して誠意を持って接すればその思いは伝わるし、

疑念を持って接すればその思いも伝わる。

 

当たり前の事でありますが、

今回彼はそれを身をもって経験し、

実体験を経て、理解しかけてくれたようです。

 

離れる神あれば、近寄る神あり

(捨てる神あれば、拾う神あり)

今日の彼にはそんな言葉が似合うと思いました。

 

私にとっては、

沈んでいた彼に少しでも、

少しずつでも光が射した事が何よりも救われました。

 

 

救われているうちは

まだまだ何も出来ない

力ない自分を認識しつつも

私も進み続けていこうと思います。