マネーの拳12にこんなやりとりがある。
役員
自分を信用しない経営者に人がついて行くと思う?
社長
信用していると言えばそれで満足か?それで本当に信じてもらえてると思うのか?
「お前を信じてる」なんて言葉ほど信用出来ない物はない。
なぜなら「信じている」という言葉の裏側では「信じているが責任は取らない」と言っているからだ。
責任を相手に丸投げして事柄から既に逃げている。
もし失敗やミスを犯した時、「信じ切っていた俺には責任はない」とこころのなかで逃げる準備をしている。
信用という言葉を隠れ蓑にして責任放棄をしているやつらばかり
だから失敗は全てあいつのせい
信じていた俺には責任はない。
自分は裏切られただけだ。
信じるなんて口先だけなら幾らでもいえる
肝心な事は責任を取れるかどうか。
社員の失敗を受け止められるかどうか。
だから、誰も信じない、責任は全部俺が取る。
経営者としての資質について話しているが、
強く残ったのはその前。
信じる事は相手に責任を押し付ける事。
信じると言って喜ばせる事をあるけど、それがプレッシャーになる事もある。
そして信じ切ってしまって後は何もしない事もある。
信じて責任を押し付ける。
それは良くない。
でも信じない事も良くないと思う。
大事なのは信じ、待ち、許す?
信じられる自分を誇りに思い、
相手を尊大に受け入れる事だと思う。
信じないと信じられなかった相手は、力を発揮できない事もある。
でも、それでも失敗する事もある。
信じても、責任を委ねても責める事は出来ないのだ。
信じて、相手に責任を押し付ける事は辞めよう。
裏切られ、相手を責める事は辞めよう。
全ての成功も失敗も全ては自らの手の中にある。
そう思いたい。
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