まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく | 千葉市ではたらく社長のブログ
最近バタバタと忙しく、結構真面目に仕事してます。
その忙しさとは生産的か処理的かと言えば後者で、
このまま行けば、
「会社の存続を脅かす事態」に発展する瀬戸際を彷徨っています。

こういう時にはやるしかないですし、指を咥えていても状況は変わらないので、
思いついた出来る事をどんどんこなして行くしかない。

それにしても何か悪いスパイラルに入ってしまったみたいになかなか抜け出せず、
大きな問題のクロスに加えて、小さな問題の追い打ちも重なります。

例えるなら、
足を片方ずつ折られ逃げられないのに、腕やその他の箇所をゆっくりと折られていく気分です。
(現実にそんな風になった事はありませんが・・・)

今弊社は瀬戸際を彷徨いながらも、経営陣でなんとか良い方向に戻ろうともがいています。
最近思っていましたが、こういう時にこそ
一緒に戦える仲間という存在が欲しいと思います。



前述の大きな問題もほとんどが小さな事の積み重ねです。
そこで昨日社内メールで管理するチームに伝えた事は、

「失敗できる人になって欲しい」という事です。

今までこのような事は何度か書いてきましたが、

要は

「いい仕事か適当な仕事の違いは、この失敗をどう活かすか」

これに掛かっています。


小さい事を積み重ねられないと、仕事は完成しません。

逆転満塁ホームランを打つためには毎日のバッティング練習が必要なように、

大きな仕事で成果を上げるにも小さい事を幾重にも積み重ねることで完成します。

例えば失敗を恐れて何もしなかったり、失敗に目を向けず蓋をしてしまうとそこで

進化を止めてしまいます。

きっと命の危険が迫ればやれるのでしょう。

仕事で命が危険にさらされることはありませんが、間接的には考えられます。

仕事でミスを重ね成長が出来ず、やがて職を失い収入が途絶え、
状況を変えられなければ危険にさらされます。


今自分自身がやっている作業は、
自分やその周りの人間に「命」を与える作業です。

大袈裟ですがどんな仕事でも根底には、これがあるでしょう。

最近は仕事に対して、自己実現だったり生活の余裕を求めてだったりと、
凄く教養の深い表現をしますが、そもそも仕事とは生きる為の作業です。


贅沢

 ↑
            
満足な生活

 ↑
                 
趣味・教養の広がり

 ↑

安定した生活

 ↑

健康な体

 ↑

命の安定



上記は少し大袈裟な表現かもしれませんが、私にも言える事ですが、
現代は安定した生活が生まれながらにあるが故に、少し違った考え方をする。
とも言われます。

違った考え方でも構いませんが、
自分は何のために仕事をして、どんな影響を与えるのかという事を考えるべきです。


どんな小さな仕事でも、少なからず誰かに与える影響はあります。
必ずあります。

そういう意味でも、自分が巡り会う事の出来た仕事には,
誇り責任を持ってやって欲しい。


僕の好きなミスチルの歌で、「彩り」という歌があります。
このYoutubeの冒頭部分の歌詞には・・・


ただ目の前に並べられた小さな仕事を手際良くこなしてく
コーヒーを相棒にして
いいさ 誰が褒めるでもないけど
小さなプライドをこの胸に 勲章みたいに付けて

僕のした単純作業が この世界を回り回って
まだ出会ったこともない人の笑い声を作ってゆく
そんな些細な生き甲斐が 日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に 少ないけど 赤 黄色 緑


どんな小さな仕事でも、回りまわって誰かの為になるんです。
逆を言えば,
自分が適当ににやれば、それは誰かが迷惑を受けます。

今の社会ってそんなもんでしょ・・・

なんか最後は倫理や哲学的な事になりましたが、

要は・・・

自分の仕事をきちんとやろう!という事です。
その為に、失敗を恐れず、失敗から学び成長していこうという事です。