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 日本はまだまだ大丈夫!

070320

ラージヘッドでオリンピック・ホワイトのストラトをゲト!
アリプロの78年もので、いわゆる「ジャパン・ヴィンテージ」というやつ。プレートに「MATSUMOKU」の刻印が。
フレットの減りが激しくビビりがあるので、すぐの実戦投入は無理だが、鳴りはいいしエグめのいい音が出る。
楽しみがまたひとつ増えたのであった。( ̄ー ̄)


070203
今週末(3月25日(日))、我が Sarasvatic Miki Band が渋谷・道玄坂のKABUTOで、初ライブやります!18:00開場、18:30開演です。皆さま是非!(・ω・)ノ
070203

今週末(3月25日(日))になりました。
我が Sarasvatic Miki Band が渋谷・道玄坂のKABUTOで、初ライブやらかします!
18:00開場、18:30開演です。皆さま是非!(・ω・)ノ
070318
『ボサ・ノヴァ・スタンダード・ソング』

「バークリー音楽大学で実際に愛用されている本書の譜面はオリジナル音源から採譜されており、メロディ、コード、曲構成もコンポーザー/パフォーマーの意図を正確に反映している精巧なもの。この1冊があれば、ボサ・ノヴァ関係の譜面ほとんど揃うことでしょう!」
という謳い文句にコロッと引っ掛り、ポチっとやっちゃいました。(^◇^;)
070313
『Coolin”N Groovin’』

1993年、渋谷ON-AIRで開催された、往年のジャズ・ファンク・オールスターズによる歴史的ライヴ映像のDVDである。
実はオイラもこの場にいたのである。ファンキー達人が揃いに揃ったご機嫌な一夜でした。あの感動がよみがえる。(;´Д⊂)

参加メンバーは
 バーナード・パーティー(ds)
 チャック・レイニー(b)
 ソニー・フィリップス(org)
 ルー・ドナルドソン(as)
 デヴィッド・T・ウォーカー(g)
 パンチョ・モラレス(perc)
 バージル・ジョーンズ(tp)
 ビル・ビヴェンス(ts)

アリガタヤ、アリガタヤ。(-人-)

3曲目のデヴィッド・T・ウォーカー(g)がメロをとる「What's Going On」は感涙モノである。
Southern St. Jazz Quartet のライブに出演。
1月~2月は参加できなかったので、実は今年お初なのであった。

久しぶりに4ビート叩いたら、何かイマイチでした。ゴメンナサイ。m(__)m
統一日報(2007年3月14日)
「韓国の「犯罪白書」  日本で激増韓国人犯罪」
最初から反抗目的で入国
 日本での韓国人スリ犯は、全体外国人スリ犯の90%を占めるといわれる。これを裏付ける資料が最近韓国で発表された。4日、韓国の法務研修院が発行した「06犯罪白書」は、日本での韓国人の窃盗や強盗犯罪が急激に増えていると指摘した。資料は、韓国人による犯罪が、海外で日本地域が最も高いと分析している。(社会部・鄭敏雄)

韓国でも増える外国人犯罪
 「犯罪白書」によると、05年に海外で罪を犯した韓国人は3079人。このうち1243人が日本での犯行で、全体の4割以上を占める。
 中でも、日本で窃盗、強盗を働いた韓国人は、286人と、前年(53人)に比べ、5倍以上に膨らんでいる。
 日本で韓国人の犯罪が多い背景には何があるのか。
 法務研修院の李相三教授は、「最初から犯行目的で日本に入国する者が増えているからだ」と見ている。韓国人犯罪で最も顕著なのが「韓国人武装スリ団」の存在だ。韓国の国内事情が絡んでいる。取り締まり強化で、追いつめられた一部のスリ犯の間で「日本に行けば稼ぎも楽だ」という噂が広まっていたというのだ。
 これまでは、日本で仕事を済ますと、すぐに国外へ高飛びするヒット・アンド・アウェー型が主流と見られてきた。
 最近では「目標額を定め、それを達成するまで犯行を重ねる大胆不敵なグループもある」と、日本の警察関係者は話す。
 一度検挙され強制送還されても、再び密入国して犯行を重ねるグループも確認されている。
 韓国人スリ犯にとって日本は、地理的に近く、1回あたりの金額も多いことから非常に魅力的な稼ぎ場となっているようだ。
 その一方で、韓国もまた外国人犯罪に悩まされている。
 韓国の大検察庁によると、昨年検挙された外国人犯罪者は、1万7373人で、前年より28%増えた。韓国に滞在する外国人が増えたことや、それに伴う不法滞在者への取り締まりが強化されたことが背景にあるようだが、凶悪化していることが社会不安をつくり出しているといわれている。
 昨年、殺人容疑で検挙された外国人は72人で、前年と比べ、71%増えている。
 性暴行犯と暴力犯もそれぞれ62%、29%増加した。
 警察当局は、これといった対策はまだ見つかっていないと告白する。捜査に当たる警察官の絶対数が足りないということだ。
 現在、韓国に滞在する外国人は約85万人。それに比べ、韓国の外事警察官はわずか1000人程度だ。1人当たり、850人を担当していることになる。
 「外国人が増えていく時代の流れに合わせ、警察の組織改革と外事警察官の人員拡大を図るべきだ」
 東国大学で警察行政学の講義を担当する郭大瓊教授は指摘した。


「武装スリ団」と言ってるが、それって「強盗団」のことだろ?! 日本政府はこの状態でもビザ無し入国を続けるつもりでせうか?(-ω-;)

いずれにしても、犯罪者に出国を認めた南朝鮮政府に謝罪と賠償を求めるニダー!ヘ(゚◇、゚)ノ

【関連記事】
iZa(03/13 19:31)
「外国人参政権付与法案、冬柴氏「1日も早く成立を」」

バカやろう!そんなもんはいらん。
チョ○を「日本国」の政治に参加させるなんて、どこまで国を売れば気が済むんだ!凸(゚Д゚#)
参政したければ、日本に帰化するのが筋ぢゃ!
産経(2007/03/15 08:43)
「ホンダ米下院議員に献金 中国の「意思」色濃く反映」
 【ワシントン=古森義久】「慰安婦」問題決議案を主唱しているマイク・ホンダ下院議員(民主党=カリフォルニア州選出)は中国系の反日団体「世界抗日戦争史実維護連合会」を動かす活動家たちから一貫して献金を受け、日本を糾弾する言動もその団体の活動方針にぴたりと沿った形だという実態が明らかとなった。
 「世界抗日戦争史実維護連合会」は公式には1994年に海外華僑、中国系住民によって創設され、本部をカリフォルニア州クパナティノにおき、傘下に50以上の下部組織を持つとされる。だが実際には同連合会は中国国営の新華社通信とウェブサイトを共有するほか、中国側の公的組織との共催の形で日本批判のセミナー類の行事を中国国内で頻繁に開き、中国当局との密接なきずなを明示している。
 同連合会はその任務を日本の残虐行為を恒常的に糾弾し、謝罪や賠償を求め続けることとし、日本側のこれまでの謝罪や賠償をまったく認めずに国内の教育や言論にまで一定の命令を下す、という点で反日だといえる。事実、同連合会は97年にはアイリス・チャン著の「レイプ・オブ・南京」を組織をあげて宣伝し、2005年春には日本の国連安保理常任理事国入りの動きに反対する署名を世界規模で集めたうえ、中国内部での反日デモをあおった形跡もある。
 同連合会はさらに同年末には「クリント・イーストウッド監督が南京虐殺映画を作る」というデマを流し、昨年からは南京事件のドキュメンタリー映画の宣伝に力を注いでいる。
 同連合会の米側での幹部たちはイグナシアス・ディン氏のように中国で生まれ、20代で米国に渡り、そのまま米国の国籍や永住権を取得した人物たちがほとんどで、同氏は1990年代後半、カリフォルニア州下院議員だったホンダ氏に接近した。99年にはディン氏は「ホンダ氏と共同で州議会に出す決議案の草案を書き、日本の南京大虐殺、731細菌部隊、米人捕虜虐待、慰安婦強制徴用など戦争犯罪を追及した」と地元の新聞に述べたように、ホンダ氏の決議案提出と州議会での採択を成功させている。
 ホンダ氏はその翌年の2000年に州議会から連邦議会への転出を図ったわけだが、その間、ディン氏らはいっせいに選挙用の献金をして、ホンダ下院議員の誕生に貢献している。そしてホンダ氏はディン氏らの意向にそっくり沿った形で連邦議会でも01年、03年、06年、07年と連続して慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案を提出してきた。この背後には、どうしても中国当局の同連合会を通じての日本の道義面での弱体化や日米離反という政治意図がにじむわけだ。
 慰安婦問題は表面的には中国よりも韓国がより多く関与するようにみえるが、米国側で韓国寄りとしては「ワシントン慰安婦連合」という組織があるだけで、韓国系勢力の組織的な動きはほとんどうかがわれない。それだけ中国の役割が大きいわけで、ホンダ議員の動向もその中国の意思を少なくとも結果として十二分に体した形となっている。その有力な裏づけは中国系からの政治献金だといえよう。
                   ◇
■「世界抗日戦争史実維護連合会」幹部からマイク・ホンダ議員への献金リスト(2006年分を除く、敬称略)
 ・創設役員イグナシアス・ディン(丁)=計3000ドル(2000年2月、8月、02年2月に各1000ドル)
 ・上記の妻ジョセフィン・ディン=計1000ドル(00年8月)
 ・創設役員キャシー・ツァン(曽)=計5000ドル(00年2月、6月、01年11月に各1000ドル、03年6月に2000ドル)
 ・元会長ベティ・ユアン(袁)=計1200ドル(00年2月に200ドル、02年2月に1000ドル)
 ・創設役員ギルバート・チャン(常)=計1250ドル(00年2月に250ドル、同年3月と7月に各500ドル)
 ・幹部チャールズ・シャオ=計200ドル(00年3月)
※「世界抗日戦争史実維護連合会」の英語名称の直訳は「第二次大戦アジア史保存グローバル連盟」(GA)


ホンダ議員の選挙基盤は中国人と韓国人がワンサカとすむ「反日ムード」一杯の選挙区で、反日を叫んでいれば当選できる仕組みだそうな。( ̄ω ̄;)
渡部亮次郎の「頂門の一針」第737号 平成19(2007)年03月12日(月)で、小野田寛郎さんが2005年1月号の「正論」に寄稿された「私の見た従軍慰安婦の正体」が紹介されています。

一度靖国神社に祀られたことのある生きた英霊による一級史料である。
是非ご一読を。( ̄ー ̄)

小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」(「正論」一月号より)

 首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦の問題は、全く理由のない他国からの言いがかりで、多くの方々が論じているところだ。南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。
 戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが少なくなりつつある現今、私は証言として、「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。
 外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、兵士による強姦と略奪・放火である。そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。
 野戦に出征した将兵でなくとも、一般に誰でも「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、「従軍慰安婦」と言う言葉は聞いた者も、また、使った者もいまい。それは日本を貶める為に後日作った造語であることは確かだ。
 淫らな言葉だが、中国戦線では「ツンコ・ピー」「チョウセン・ピー」と呼んでいた筈であるが、他の人の見ている所でする筈のないことだけに、「慰安所」のことも「慰安婦」のことも、公の場で自己の見聞を正確に発表する人が少ない。あまり詳しいと「よく知ってるね」と冷笑されるのが落ちだろう。
 では何故、君は、と私に聞かれるだろうが、幸い私はその実態を外から観察出来る立場にあったから、何も臆することなく、世の誤解を解くために発表することが出来るのだ。

◆漢口の「慰安所」を見学
 商社員として十七歳の春、中国揚子江中流の漢口(現武漢)に渡った私は、日本軍が占領してまだ五カ月しか経っていない、言わば硝煙のにおいが残っている様な街に住むことになった。当時、漢口の街は難民区・中華区・日華区・フランス租界・日本租界・旧ドイツ租界・旧ロシア租界・旧英国租界に分かれていて地区ごとにそれぞれ事情に合った警備体制が敷かれていた。
 日華区とは日本人と中国人とが混じって住んでいる地区で、そこに住む中国人は中華区に住む者と同様「良民証」を携帯しており、そうでない者は警備上難民区に住まされていた。
 難民区は日本兵も出入りを禁止されていて、私たち在留邦人は届け出て許可を得なければ出入り出来なかった。それだけ危険な場所だった。
 私は、仕事が貿易商だから、難民区以外はよく歩いた。ある日、汚れた軍服を着た兵士に「慰安所はどこか知りませんか」と路上で尋ねられ、一瞬思い当たらず戸惑った。しかし看板に黒々と「漢口特殊慰安所」と書いて壁に掲げていて、その前に歩哨と「憲兵」の腕章をつけた兵隊が立っている場所を思い出したのでその通り教えてあげた。映画館と同様に日華区にあった。汚れた軍服から推測して、作戦から帰ってきた兵士に間違いない。街を警備している兵士は、そんな汚れた軍服で外出してないからだ。
 私は「特殊慰安所」か、なるほど作戦から帰った兵士には慰安が必要だろう、小遣い銭もないだろうから無料で餅・饅頭・うどん他がサービスされるのだろうと早合点していた。
 ところが、私の知人が営む商社は日用品雑貨の他に畳の輸入もしていて、それを「慰安所」にコンドームなどと一緒に納入していたので「慰安所」の出入りが自由であった。彼に誘われて一般在留邦人が入れない場所だから、これ幸いと見学に行った。
 私たちは、憲兵に集金の用件を話してまず仕事を済ませた。日が暮れていたので「お茶っぴき」(客の無い遊女)が大勢出てきて、経営者と私たちの雑談に入ろうとしてきたが追い払われた。そこには内地人も鮮人も中国人もいた(現在、鮮人は差別用語とみなされ、使われない。しかし朝鮮半島が日本統治だった当時は「日本人、朝鮮人」などと言おうものなら彼らに猛烈に反駁された。彼らも日本人なのだからと言う理由である)。
 群がってきた彼女たちは商売熱心に私たちに媚びてきた。憲兵は特別な事情の時以外は、部屋の中まで調べに来ないからである。料金は女性の出身地によって上中下がある。また、利用時間も兵士は外出の門限が日没までだから日中に限られるが、下士官は門限が長く、将校になれば終夜利用出来る。料金も階級の上の方が割高で、女性たちは当然、同じ時間で多く稼げることになる。
 半島出身者に「コチョ(伍長─下士官)かと思ったらヘイチョウ(兵長─兵士)か」、「精神決めてトットと上がれネタン(値段)は寝間でペンキョウ(勉強)する」とか、笑うどころではない涙ぐましいまでの努力をしているのも聞いた。内地人のある娼妓は「内地ではなかなか足を洗えないが、ここで働けば半年か一年で洗える」といい、中には「一日に二十七人の客の相手をした」と豪語するつわものもいた。

◆どこにもいなかった「性的奴隷」
 ここで親しくなった経営者の話を紹介しよう。「体力的に大差がない筈なのに、内地人は兵士たちと言葉が通じるために情が通うのか、本気でサービスして商売を忘れ健康を害してしまう。そのために送り返さねぱならず、経営者にとって利益が少ない。兵隊さんには内地人ばかりで営業するのが本当だが」と本音を漏らしていた。
 私の育った街には花柳界があったので、芸妓と酌婦をよく眼にしたが、当時は玄人女と呼ばれた彼女たちの外出姿でも一般の女性と見分けることが出来た。その目で見れば漢口の街でも同様だったが、特に朝鮮人の女たちは特色があった。というのは彼女たちは数人で外出してくるのだが、民族衣装ではなく、着慣れないツーピースの洋装のせいで着こなしが悪く、また歩き方にも特徴があって一目で見分けられた。
 彼女たちは実に明るく楽しそうだった。その姿からは今どきおおげさに騒がれている「性的奴隷」に該当する様な影はどこにも見いだせなかった。確かに、昔からの言葉に、「高利貸しと女郎屋の亭主は畳の上で往生出来ぬ」というのがあった。明治時代になって人身売買が禁止され「前借」と形は変わったが、娘にとっては売り飛ばされた」ことに変わりはなかった。
 先述の「足を洗う」とは前借の完済を終えて自由の身になることを言うのだが、半島ではあくどく詐欺的な手段で女を集めた者がいると言う話はしばしば聞いた。騙された女性は本当に気の毒だが、中にはこんな話もある。「『従軍看護婦募集』と騙されて慰安婦にされた。私は高等女学校出身なのに」と兵士や下士官を涙で騙して規定の料金以外に金をせしめているしたたかな女もいた。またそれを信じ込んでいた純な兵士もいたことも事実である。日本統治で日本語が通じた故の笑えない喜劇でもある。
 ところで、その「慰安所」にどれだけの金が流れたのだろうか。これが「慰安婦」が「商行為」であった確かな事実である。私の次兄が主計将校で、漢口にある軍司令部に直接関係ある野戦衣糧廠にいたので「慰安所」について次のような統計があると教えてくれた。
 当時、漢口周辺には約三十三万人という兵力が駐屯していたが、ある理由で全軍の兵士の金銭出納帖を調べた。三分の一が飲食費、三分の一が郵便貯金、三分の一が「慰安所」への支出だった。貯金は給料の僅かな兵士たちにとって嬉しいことではなかったが、上司から躾として教えられている手前せざるを得なかったのが実情だった。私も初年兵として一ケ年、江西省南昌にいたが、食べたいのを我慢して貯金した。
 一人の兵士がそれぞれ三等分して使った訳ではないだろうが、人間の三大欲は食欲、睡眠欲と性欲と言われるだけに、貯金を睡眠に置き換えると全く物差しで測った様な数字である。ちなみに当時の給料は兵は一カ月平均十三円程で、その三分の一を約四円として計算すると三十三万人で総額約百三十二万円になる。「零戦」など戦闘機一機の価格は三万円と言われたが、実に四十四機分にも相当する。
 サラリーマンの初任給が四十円そこそこの頃だったのだから、経理部の驚くのも無理のない話である。
 以上が、私が商社員として約三年半の間、外部から眺め、また聞き得た「慰安所」と「慰安婦」の実態である。
 私が漢口を去った昭和十七年夏以降に、漢口兵站(作戦軍の後方にあって車両・軍需品の前送・補給・修理・後方連絡線の確保などに任ずる機関)の副官で「慰安所」等を監督した将校の著した『漢口兵站』と照合してみたが、地名・位置等について多少の相違点は見いだしたが、本題の「慰安所」について相違はなく、より内情が詳しく記されていた。これでは誰がどう考えても「商行為」であるとしか言いようがないだろう。
 「商行為」ではない、軍による「性的奴隷」であるとそれでも強弁するとすれば、知らな過ぎるのか、愚かで騙されているのか、そうでなければ関西人が冗談めかして言う「いくらか貰うてんの?」なのかもしれないが、あまりにも馬鹿げた話である。

◆問題にして騒ぎ出す者たちの狙い
 次に、軍関与の暴論について証言する。 私は二十歳で現役兵として入隊、直ちに中支の江西省南昌の部隊に出征した。初年兵教育が終わって作戦参加、次いで幹部候補生教育、途中また作戦と、一ケ年一度の外出も貰えずに久留米の予備士官学校に入校してしまったから、外出して「慰安所」の門を潜る機会に恵まれなかった。
 だが初年兵教育中、古い兵士には外出がある。外出の度にお土産をくれる四年兵の上等兵に「外出でありますか」と挨拶したら「オー、金が溜ったから朝鮮銀行に預金に行くんだ」と笑って返事をしてくれた。周りは周知の隠語だからクスリと笑うだけだった。
 南昌には師団司令部があった。「慰安所」には内地人も朝鮮人も中国人もいて、兵士は懐次第で相手を選んで遊んだのだろう。私は幹部候補生の教育を、南昌から三十キロ以上も離れた田舎の連隊本部で受けた。
 「慰安所」は連隊本部の守備陣地の一隅に鉄条網で囲まれて営業していた。教育の末期に候補生だけで本部の衛兵勤務につくことになった。もちろん勤務は二十四時間である。
 私は営舎係だったので歩哨に立たないから何度も歩哨を引率して巡察に出た。巡察区域の中に「慰安所」も含まれていた。前線の歩哨は常時戦闘準備をしている。兵舎内の不寝番でさえ同様だ。鉄帽を被り、銃には弾を装填し夜間はもちろん着剣である。その姿で「慰安所」の周囲だけならまだしも、屋内も巡察し、責任者の差し出す現在の利用者数の記録を確認する。軍規の維持とゲリラの奇襲攻撃を警戒しているからである。
 考えてみるまでもない、そこで遊んでいる兵士は丸腰どころではない。もっと無防備で不用心な姿の筈である。その将兵を守るべき責任は部隊にあるのは当然だ。それに性病予防の問題もある。そんな田舎に医師や病院がある筈がない。性病予防のため軍医や衛生兵が検査を実施するしかない。
 「慰安所」の経営者は中国人だったし、日本では当時公認の娼妓と呼ばれた女たちも中国人だった。彼らも食料やその他の生活用品が必要だ。大人数なのだから、それなりの輸送手段もいる。辺鄙な場所だから部隊に頼る以外方法がない。部隊が移動する時もそうなるだろう。
 私の話す湖北省の言葉もだいたい通じたので、経営者と立ち話をして彼女たちについてそれなりの様子も聞き出せた。今でも「慰安所」の両側に部屋のある中廊下を巡察した不粋な自分の姿を思い出すが、こんな漫画にもならない風景が現実にあったのだ。これは私の部隊だけではないと思う。
 もう六十年も昔のことである。時代が変わり、また平時と戦時の違いもある。したがって娼妓(ここでは慰安婦に相当する)に対する解釈も当然変化している。そうであるにもかかわらず、すでに証拠も不完全になっていることを幸いに、今更これを問題にして騒ぎ出す者たちの狙いは何なのか。言えることはただ一つ、不完全だからこそ喚き散らしていれぱ、何かが得られると狙っているということだ。
 戦場に身を曝し、敵弾の洗礼を受けた者として最後に言っておく。このことだけは確かだ。野戦に出ている軍隊は、誰が守ってくれるのだろうか。周囲がすべて敵、または敵意を抱く住民だから警戒を怠れないのだ。自分以上に強く頼れるものが他に存在するとでも言うのならまた話は別だが、自分で自分を守るしか方法はないのだ。
 軍は「慰安所」に関与したのではなく、自分たちの身を守るための行為で、それから一歩も出ていない。
 「異常に多く実を結んだ果樹は枯れる前兆」で「種の保存の摂理の働き」と説明されるが、明日の命も知れぬ殺伐とした戦場の兵士たちにもこの「自然の摂理」の心理が働くと言われる。彼らに聖人君子か、禅宗の悟りを開いた法師の真似をしろと要求することが可能なのだろうか。
 現実は少ない給料の中から、その三分の一を「慰安所」に持って行ったことで証明されている。有り余った金ではなかったのだ。
 「兵隊さん」と郷里の人々に旗を振って戦場に送られた名誉の兵士も、やはり若い人間なのだし、一方にはそうまでしてでも金を稼がねばならない貧しい不幸な立場の女性のいる社会が実際に存在していたのだ。買うから売るのか売るから買うのかはともかく、地球上に人が存在する限り、誰も止めることの出来ないこの行為は続くだろう。根源に人間が生存し続けるために必要とする性さがが存在するからだ。
 「従軍慰安婦」なるものは存在せず、ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った兵士と軍の方ではないのか。


【正論】秦郁彦 米下院の慰安婦決議阻止の妙案(iZa 03/11 07:02 )で、秦郁彦氏が書いている通り、
 朝鮮人ブローカーが娘を身売りした親と業者を仲介する合法的な商行為だった。そして業者が戦地に慰安所を開き、軍が性病の検診や輸送の便宜をはかったもので、官憲が「強制連行」に乗り出す必要性はなかったし、裏付けのある証言もみつかっていない。
ってのが実体かと。
朝日歌壇鑑賞会さんの3月11日のエントリーで発見!

> (追記)
>  マザー・テレサ - Wikipediaによると、マザーテレサってこんな発言↓をしているのですね。
>
> ・私は、なぜ男性と女性が全く同じであり、男女の間の素晴らしい違いを否定する人たちがいるのか理解できません。
> ・女性特有の愛の力は、母親になったときに最も顕著に現れ、神様が女性に与えた最高の贈り物―それが母性なのです。
>
>  柳沢大臣の発言を叩いていたフェミ婆どもが聞いたら発狂しそうな言葉ですが。


GJ!ヽ(´ー`)ノ


語録から他に気になった言葉をご照会。( ̄ー ̄)

> ・日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります。(1981年4月、初来日の際)
> ・帰って家族を大切にしてあげて下さい(ノーベル平和賞受賞の際、インタビューで「世界平和のために私達はどんな事をしたらいいですか」と問われて)


まず①家族から始まり、次に②自分が所属する企業や団体→③地域→④国家と自分が愛する対象を広げることができた人だけが、はじめて⑤地球規模の愛を語るに値するということ。
「愛」とは帰属意識のことでもあるし、ここでいう国家とは「国体」のこと。
この国の価値観とか精神文化といった国体を愛してない輩が世界平和を語るんじゃないよ!(-ω-;)
070313
吉岡健『中国人に絶対負けない交渉術』 (草思社)

宮崎正弘の国際ニュース・早読みの書評より。

 まともに交渉したら中国人に勝てるはずがないという、まことに正しい前提にたって、筆者はまず「先に意見をいうな」「会議以外では考えを漏らすな」「無理に結論をださず逃げろ」という三原則を掲げる。
 それはそうだろう。中国人には誠意というものが通じない。だから世界のビジネス現場の常識が通用しない。
 嘘と屁理屈と牽強付会と論理のすり替えで成り立っている中国人社会では最低限度、“三重思考”が常識であり、言うこととやること、考えていることは違う。少なくとも三種の思考を同時に行える特技は中国人エリートに共通。
 しかし、どうしてそうした体質が産まれたのか。
 それは歴代王朝が「私」の利益しかなく、公の観念に欠乏している。皇帝とその眷属と、それを守る傭兵と、あとの国民は奴隷という社会構造が、いまの中国にすら歴史的体質として染みこんでいるからだ。つまりだれもが「私」の権利と利益にしか眼中にはなく、騙し、すり替え程度の嘘は常態。商業においてすら「三重帳簿」が常識なのだ。ひとつは銀行用、ひとつは税務所用、そして三冊目が自分用。
 逆に言えば、この三原則を知って臨めば中国人に交渉でまけることもない、と。

マイミクのI毛さんにお勧めしたい本。( ̄ー ̄)