どもども。
幼少期からしんどい生き方でしたが、
最近まったりする時間が確実に増えてきたひつじです![]()
職場で本当にいろいろあったのよね。
当初表では優しそうに見えてた経営者たちなんだけど、
いざという時に見せた本音がまあ…しんどい方向で裏切られて。
約束は守らないし、責任はこっちに寄せてくるし、
「大丈夫だよ~」みたいな顔の裏に全然大丈夫じゃないものが見えたり。
でね、そこでしみじみ思ったんだよ。
「あぁ…この人たちは、いざという時に私の味方にはならないんだな」
なんかね、ショックではあったのだけれど、
「あ、そういう感じか…はいはい」って冷静に気づいた感じ。
ショックを通り越して、
自分でもびっくりするくらい全てのやる気が抜けていった…

でもさ、この気づきのおかげで逆にわかったことがあるの。
■ 父のサラダと母の目玉焼き
ここ最近、朝がちょっといい感じなんだよね。
父が毎朝モーニングプレートを作ってくれてて、
レタスのサラダ
みかん半分
トマトちょっと
プルーン1個
ソーセージ、ベーコン、またはハム少し
母は家事をほぼしなくなったけれど、
朝の目玉焼きは焼いてくれる。
最後に父のコーヒー
なんだかんだ言って、すごく満たされるのよ。
昔は朝の会話もしんどかったし、うつむいて食べてた時期もあったんだけど、
最近はちょっとだけ話せるようになってきててね。
「あ、私…こんなふうに家族と朝を過ごせるようになったんだ」
って思うのよね![]()
■ 親は完璧じゃないけど、“結局ここに帰ってくる”
親だからこそ難しい部分もあったし、
昔のことを思い出せば素直に信じ切れないこともある。
でも。
今回の件で痛感したのは、
「最後に味方でいてくれるのって、やっぱり親だな」
ってこと。
他人がどれだけ良い顔をしても、
結局、肝心な時に守ってくれるかって言われると、微妙だったりするじゃん。
その点、親は不器用でもなんとかしようと本気で思ってくれている。
やってくれたことが正しくなくても、きっと誠意だったの。
モーニングプレートなんてまさにそれで、
“ただ私に食べさせようと思っただけ”の優しさ。
それが妙にしみるのよ。
■ このタイミングで気づけてよかった
親孝行したいって気持ち、
「したい時には親はなし」ってよくいうけどさ、
親孝行したいって思ったことがないほど複雑な育ちなのねひつじさん![]()
今のひつじさんには、
朝の小さな幸せをちゃんと受け取れる心の余白があって、
親の優しさもちゃんと気づける状態で。
それってね、実はすごく恵まれてることなのよ。
経営者たちには心の芯まで傷つけられたのは辛かったけれど、
そうでもしなければこの「親の優しさ」に気づくこともなかったかも知れない。
これでよかったんだよきっと…
間に合って良かった。








