あっという間に8月が終わりそうです。

 

この夏は私生活に変化がありすぎて

 

予定を失念するし

 

予定変更せざるを得ないし

 

でもその中で

書き貯めていた課題を提出し

なんとか乗り切っている自分を…

誰か褒めてください。

 

そして課題が論文だった為

しばらく絵を描いておらず

心が枯渇しそう…だったので

なんの目的もなく絵を描いてやっと平穏を取り戻しました。

 

何のために絵を描くか

 

誰かを助けるため!とか

かっこいい事言ってもいいんですが

本当は

「自分の為」に描いてるんです。

 

でもそれでいいんだという境地に辿り着いたんです。

 

 

最近まとめた論文の中に

中国の思想家、荘子(そうじ)が書いた

「胡蝶の夢」というものがあるんですね。

 

荘子がある時みた夢の話なんですが

自分が蝶になって自由に飛んでいて

夢から覚めたら荘子に戻っていたんです。

あれ?もしかしたら蝶である自分がいた世界が真実で、

荘子である自分がいる世界が夢なのか?

 

そこで、ここからは私の勝手な考察なんですが

西洋的に考えると

こういった事象にがあったとき

白黒つけようとして、

それが国家にまで発展しちゃって

悪いのはこっちだ!追放しよう!となってくる。

そのなかで、いやきっと悪いと思い込んでいた方のなかにも

何か真実があるはずと、どこぞやかの思想家が考察すると

それに賛同する人が増えて

グレーゾーンが出来上がる。

そのように感じます。

 

さて荘子はここでどう思ったか

荘子は蝶であれ荘子であれ、どちらにせよ幸せに生きていれば

どっちでもいいや~

なんですね。

これは東洋的な考え方なんです。

それからそもそも初めから何もなかったんじゃないの?

といった「無」という考え方が沸きあがる。

 

 

私は西洋の芸術を好んでいますが

東洋芸術の思想には羨ましささえ感じます。

 

だから精神を病んでいたゴッホが

大好きな麦畑で自害する前に

荘子が友人だったら

どうなっていたのだろうとか

また、どうでもいいことを考えて

過ごす日常が、

私にとっては「幸せな一日」なのかも…

しれませんねぇ。。。