宇多田ヒカルの曲を良く聴いていたのは
高校生の頃なんですが
当時美術部員だった私は
「音楽を聴きながら描くのが良い」と
先生に教わり…
先生がどこかのゴミ置き場から拾ってきたラジカセで
生徒に音楽を聞かせるべく
「各自好きな音楽を入れたカセットテープを持ってこい」というので
大好きな鬼束ちひろの音楽とともに
多くカセットテープにダビングしていたのが
この曲でした
学生時代は特に
感覚主義者だったので
何でも感覚的に好きなものは好き
特に意味など考えたこともなく
大人になって改めて
歌詞を咀嚼するようになりました
これって自己統合の歌詞なのでしょうか
そしてPVを見ると
より理解が進みます
きっと宇多田ヒカルさん大好きな方々にはわかるのでしょうが
(知恵袋で調べるとちょっと違う意味もあるようですね…)
もちろん宇多田ヒカルさん大好きなのですが
幼稚で凡人な私には
歌詞内容理解が一定のとこまでしか至りません
しかし凄さというものは
感覚からも
そしてなんとなく社会がわかってきた今も
解るのです
そしてPVを手掛けた
紀里谷 和明さん
のちにキャシャーンの映画も手掛けて
そのときの主題歌、宇多田ヒカルさんのPVも担当されてるんですね
そして結婚されてる
なんか運命ってすごいですね
ほんと縁は異なもの…なのでしょうか…
宇多田ヒカルさんの情報多めになってしまいましたが
何が言いたいかというと
日常の中にも
統合や自己統合へのヒントがかくされているにもかかわらず
わたしたちは
気づかなかったり
やれ気のせいだと思いながら
何十年と生きているわけなのです
だからそれって
体調とも似ているのではないかということです
日々わたしたちの身体は
何かを教えてくれている
体内は死ぬまで休みなく働いている
それに対して
気づかないふりをしたり
気づいてやれなかたり…
だから、たまには
音楽を聞いたり、好きな事をしたりして
お仕事中の体に
少しでもゆっくりお仕事させてあげてもいいのではなかろうか
と思うのです
高校生の頃、いや、ずっと前から
日常のなかに
たくさんのヒントが隠されていたにも関わらず
それをスルーして生きてきて
あとになって
あぁあれはこんな意味だったんだ…と気づく
それって後の祭りじゃないのだろうか
そうなる前に気づきたい
そう思うのです
先日毎日服用しているプレドニンが2ミリになりました
この十数年で初めての事です
そしてそれにともなってか
ともなわなくてか
顔の輪郭がはっきりしてきて
周囲に痩せた?と聞かれるほどです
あぁ自分ってこんな顔だったのだな…
と久しぶりに自分の本来の顔に会えたような気がしています
本当の自分って
心から安心できますね
何かのメッセージでしょうか
これからも
小さな声に気を配れるように
心を穏やかに
日常を過ごしたいものです