朝、テレビで九段会館の崩落事故の事やってた。。
あの日・・・
14:46分・・・
私は武道館の階段を上がった通路にいた。
グッツ購入のために。。
長い長い~列を経てやっと階段を上がり、赤い「武道館」の看板の下にいた。
で、あの・・・世界でも4番目という大型地震に遭遇。
生まれて初めて経験した大きな揺れ。(東京震度6)
それを2階の通路で! めちゃくちゃ怖かった><
その後も、余震が何度もあった。(いまとなっては覚えてない)
それでも、グッツを諦めきれなくてその場にいた。。(落ち着け!落ち着け~って)
気が付いたらその場に前にも後ろにも数十人しかいなくて取り残された・・
その後、やっと係員らしい人が現れて・・・「これで最後?」と、やっと誘導された。><
その誘導先には、中のスタッフの黒服の方達も纏まって避難していた。
本当に「最後」に誘導されたみたいです。(-"-)
その後もツアーが続行なのが中止なのか…ぎりぎりまで待機。
待機中に、係員の人から驚きの事実を聞かされる(*_*;
武道館に来る前に荷物を預けた場所、「九段会館の屋根が落ちた・・・」と言う話。
「え、えっ?」・・・耳を疑った!!
コンサートの有る無しは後でも聞けるけど、とりあえず荷物が気になるし、今晩の宿泊もどうなるんだろう?
まずは、「確認がしたい。」が先に立って、武道館を後にした。。
着いたら、一帯テープが張られ警察官が警備して・・・その中の警察官の人に泊まる事や荷物の事を話して
やっとホテルの人と話すことができ警察の指示が無い限り泊まれないとの事で、
宿泊者達は違う隣の「昭和館」というビルに誘導された。
その後、その日何も食べてなかったのでそこを抜け出してコンビニを目指した。
その外の様子と言ったら・・・とても異様で映画で観た「日本沈没」に自分も入っちゃった感じ・・・
地下鉄の出口から人が見る見るうちに溢れ、中にはヘルメット姿で行きかう男女。。
コンビニでは食料が見事に無くなってた。
でも、運よく相席ではあったけど中華屋さんのラーメンが食べれた。
その後「昭和館」に戻っても、何も状況は変わらなく・・・
少し経ってから何階だったかド忘れしたけど・・・多分4階に通された気がする。。
そこでは、毛布と非常食(クッキー)に水が支給された。。
また数時間後、ホテルの安全が確保できたという事で、数時間ぶりの荷物と共に部屋に通された。
通されたのは、9階建ての最上階で・・・度々くる余震に不安な夜を過ごした。
遊助・武道館ツアーは2日とも参戦だったので当然次の日も同じ九段に宿泊の予定だった。
でも、朝になってホテルからキャンセルを言われ代わりのホテルも水道橋にあるホテル・・・
そこも何故か9階だった・・・
9階で感じる余震は、本当に怖かった(T_T)
この1日さえ我慢すれば・・・地元に帰れる!!
そればかり考えてた。
でも、被害の様子が徐々に明らかになる中、福島の原発の爆破や余震の影響でも無事に羽田まで行けるのか?
とか・・・羽田に着いてもちゃんと飛ぶのか?とか・・・
本当に情報が分からないまま3日目、最終便なのに朝から羽田入りした。
羽田に着いたら同じような考えの人入たみたいで徐々に人で溢れてた。
羽田でも飛び立つまで時々余震を感じながら、無事自宅に到着。
次の日から現実に戻り職場に行っても、余震が無いはずなのに揺れてる感じだったのは後遺症だったのかな・・・
しばらくして・・・
いまでもテレビに映る震度4・5・6の余震。その地域の方達はまだまだ余震と闘ってるんだ。。
3日とは言え同じ地震を体験した者として・・・なんか申し訳なさを感じる。
被災地の大変さは勿論だけど、テレビに映らない東京周辺も計画停電や余震・・・
不自由な生活をしてるという事。。 水問題や野菜・雇用などどこを問題視して良いかわからないけど
毎日の話題として家族や職場でも何かしら話し合ってる。
話し合っても、中々答えが見つからないんだけど。。
で・・・義捐金や救済物資・節電に節約・・・「少しでも」って。
だけど、みんなが「不謹慎」ってお金を使わなかったりしたら経済が回らなくなっちゃう(T_T)
なるほど! って、そこは妙に納得しちゃって・・・
出来る限り、自分なりにやってみます。
映画もツアーも出来る限り楽しみたいと思ってます。^^
なんか最後・・・話のオチがまとまらない。。。私のキャパはこんなもん(:_;)
※ 最後に、これは自分メモです。<(_ _)>