私は小さい頃から動物が大好きだったが

父は転勤の多い仕事で住むところは基本的に社宅。

私達は2年おきに全国の社宅を転々とした。


大人にとっては社宅で動物を飼えないのは当たり前だが子供にはその理由がわからなかった。


どうしてうちは犬や猫を飼えないんだろうと、とても悲しかった。


溢れるほどの動物を飼いたい欲は3歳の頃突如爆発し

私は社宅の公共の階段で泣いた。


「ママ、犬をかう(買う?飼う)のがダメだったらママが犬の赤ちゃんを産んで!」


と私は怒りながら泣いたのである。


それは母の日記にも書かれている。


「犬の子を産んでと泣かれる。一体親をなんだと思っているのかしら?」


と。


私は母を、人間というより神様だと思っていて

母は優しく世界一美人で、母の言うことは常に正しく

母はなんでもできて、強く、しなやかで、万物の祖であり

母というのは姉と私を産んだように自在に猫も犬も生み出す力があると思っていた。


「母を想う事にかけてはプロフェッショナル」な武田鉄矢さんだってここまで母を崇めてなかっただろう。


そして私がこんなに懇願してるのに動物の赤ちゃんを産んでくれない母を憎いとまで思っていた。


その後、どうやら人類は犬や猫を産まないと察して

私が10歳の時に我が家は一戸建てを手に入れ、小さな庭ができた。

私はこれでやっと犬が飼えると思い


母さん、そろそろ犬を飼いましょう


と言い出したら母がこういうのだ


「お姉ちゃんがアレルギー持ちだからダメ」


え〜!!!


昔から姉が酷いアレルギーで、姉だけでなく家族みんながアレルギーなんだけど

それを理由に断られるとは思わなくて

心の中で

(母、図ったな)

と思ったんである。


3歳の時は無邪気に公共の場でおいおい大泣きしたが

10歳の時は(ふん、そう来たか)と思っただけだったので、

一体7年の間に私に何があったのだろう。


そして時が流れ流れて私は結婚し住所も変わった。

婚家では当然のように犬を飼っていた。


田舎の家はだいたい貰い手のない、行き場のない犬を保護しつつ番犬にするという方針で

絶える事なく犬を飼っていた。


私が嫁いだ頃は3頭の犬がいた。

一頭は血統書付きの柴犬

血統書付きの柴犬は立派な気がするが家族は気にする事なく「どっかに血統書あるわ」と言っていた。

すごく頑固で強い者には強く、弱い者には優しかった。

一頭は完全なる雑種。タヌキのように愛らしかった。

もう一頭は日本スピッツのミックスっぽい顔をして、猟犬の血が入っていたからかなかなか賢かった。

捨て犬にもバリエーションがあるのだな。っと思った。


3頭飼っていても、更に引き取ってくれないかという相談は定期的に来た。

雑種だけが貰い手が無いかというとそうではなくてとても優秀な血統の外国の犬もいた。

そのくらい貰い手の無い犬は世の中にたくさんいるのだ。


幼い頃は母に犬を産んでくれと泣いたのに、今は泣く泣く断って居るのだ。

世の中は矛盾している。


そんな中で縁あって15年前に我が家に来たのがイヌヲだ。


彼は今年17歳だが、事情があって成犬になってから我が家に来た。


成犬になってから急に知らない場所で飼われるのはとてもストレスだっただろう。


でもイヌヲは見知らぬ地で頑張った

夫の事をボスと決め、娘が大好きで

末っ子の事を自分よりカーストが低いと決めつけて威張れるようになった。

よかったね。


散歩の時に怖いことがあるとイヌヲは抱っこをねだる。

怯える15kgの子を抱えて田んぼの畦道を帰ってきたこともある。

あの大きな震災の時は私とイヌヲだけが家にいて、イヌヲは飛んで来た。私たちは抱き合って震えた。

夫の入院、私の入院の時はかなり元気がなくなって無事に帰ってくるととても良い顔をした。


そんなイヌヲも年齢には勝てずどんどん衰弱していって

良い子だね良い子だねと言われながら良い子のまま年老いて行った。


ここまで書いて

なんと言って良いかわからないけど

イヌヲが天寿を全うしたと、伝えなければと思ってこの長い文章を書いている。


イヌヲはネットの中でも心配して貰ったし

イヌヲの介護があるので断った事案もあり

報告をしなければと思いながら1カ月が経ってしまった。


彼との生活は、やれる事をやり切ったと思う。

もっと長生きするなら私ももっと頑張れたと思う。

でも、もうだめだこれ以上面倒見れないと思った瞬間も沢山あった。

介護というのは本当に大変だ。


寂しいとも思うけど、これで良いのだとも思う。

虹のふもとで待っているという話もあるけど

イヌヲは私達を待っていてもいいし、忘れてくれてもいい

どこに居てもいい。幸せでいてくれればそれで良い。


私が3歳の時に泣くほど欲しがったかわいい犬は

母が産んだのでもなく、一軒家を建ててから買ってもらったものでもなく

とある家の番犬の母犬と、野良犬のお父さん犬が産んでくれたのである。


私の昔からの泣くほどの夢を見知らぬ野良犬が叶えてくれたのだ。

こんな良い子を私の元に連れて来てくれてなんと感謝して良いかわからない。


幸せはどういう形で訪れるかわからないものだ。

人生というのは不思議だ。

縁というのは不思議なものだ。


私は自己肯定感の高い人間で割と自分で自分を励ませる人のようだけど

飼い犬に対しても自犬肯定感が高いようで

イヌヲがいなくなった事を心配してはいない。

あの子なら大丈夫。

そして何かあったら助けてあげれる気がする。


もし帰って来たらいつものように抱っこをして

帰ってこなかったらお互いの健闘を讃え合おうと思う。


イヌヲ、いってらっしゃい。