昔からマイペースでせっかちな母でした。
空気を読めない、いい意味で読まない天真爛漫な母でした。

読書や執筆が得意で私とは正反対な母でしたが明るく社交的でおおらかな部分は母譲りかな。

5月26日夕方、長野の実母が心筋梗塞で急逝したと妹からの連絡が全く理解できませんでした。6月3日で82歳のお誕生日を迎えるはずだったのに...


母は3年半前、甲状腺ガンの手術をしました。検査した時はステージ4。

医者からは年齢的に無理には手術をせず緩和療法も薦められましたが母はまだまだ生きたい、少しでも可能性があるならということで除去手術を選びました。

幸い有明癌センターの素晴らしい先生方の執刀で声帯も食道も残していただき、気管口は開きましたが順調に回復し、3ヶ月に1度は有明に検診を受けながら長野の妹の家に隠居する形で喋る事以外は普通の方と同じように過ごす事ができていました。

この春からは発声の練習や、週に1度のデイサービスに通いながらまた自宅に戻り近所のお友だちに会ったり、庭先の畑に苗を植えたり、花を植えたり母らしい暮らしを取り戻そうと妹の献身的な支えのお陰でスタートを切ったばかりの出来事に今だに母が居なくなってしまった事が信じられません。

亡くなる当日の午前中も私に体に気をつけてなんてメールをくれたのに...

長男も社会人となり、仕事も少し整理をして月に1度でも長野に帰ろうと楽しみにしていたのに...

悔やんでも悔やみ切れませんが母に感謝をし与えられた命を大切に前を向いて歩くしかないですね。

今日から仕事に復帰しました。
まだ夢の中の出来事に感じますが少しづつ日常を取り戻し頑張ります。





そしてもう1つ別れが...

長男が岡山に配属になりましたえーん

多少は覚悟していましたが母の通夜当日に荷物を出せと~あせる
空気読まない母らしい...


さすがに無理なので今日引き取りに来てもらいました。

そんな母でしたが最後に粋な計らいをしてくれました。

皮肉にも母の葬儀が赴任前の家族四人が集まるひとときに。

まったくもう、母らしい...



お母さん
ありがとう。