大げさなタイトルだが大した話じゃない。そこらに溢れた話しだ。
マツダのコマーシャルを見た。
車は単なる道具ではない。
ともに走り、ともに歓び、ともに生きていく。
Be a driver.
久々に感じの良いCMである。
同時にものづくりのあるべき姿を
見せてくれた気がする。
メーカーのサイトで見ると
『ドライバーとクルマの関係を、
もっともっと深いものへと変えていく。
人とクルマが息を合わせる。
走る歓びを分かち合い、深い愛着を覚える。
ともに走り、ともに歓び、ともに生きていく。
クルマは単なる道具ではない。
私たちは、人とひとつになれるクルマをつくっている。』
その後、数々のシチュエーションから体感者の声に始まり、開発者の話を紹介している。
勿論企業が存続するためには利益が必要で、その為には資金調達、コスト管理、販売手法、、、それらのディヴィジョンが並々ならぬ苦労をして力を発揮して製品に仕上げている事は想像に難くないが、敢えてものづくりの話だけをCMで語っているところに共感する。
一方、ユーザーはこの背後に「敢えて隠した文脈」に目を向けることが大事なことだ。別にこの会社の肩を持つつもりはないが、そこで初めて総合的に優れていることを確認できると思う。内容の薄いメーカーにこのようなCMはなかなか作れないものだ。
80年台後半にカリフォルニアに行き、「近くに転勤するので住宅を探している」と言って冷やかしで住宅のセールスオフィスに飛び込み、何戸か案内を受けたが、セールスマンはウザい程次々に良いことばかりをまくし立てる。このトークにポイントを絞って住宅を評価することが邪魔になった。こちらもプロの端くれである。説明を聞かないでも分かるところは分かるつもりだ。セールスマンが喋れば喋るほどセールスポイントの無い住宅なのではないだろうかと思えた。
その経験をレポートにし、「建売住宅はセールスマンがトークし易い住宅を設計することが大事なことだ」とあちこちで公演したところ、その後みっともないほど「~のある家」や「~が出来る家」などのコピーが世の中に登場して苦笑したことがある。同時に私の意図とは乖離した過剰な売り文句に嫌な思いをしたものだ。住宅は高い買い物である。私としては普通に大事なことを話し、最後にこのトークを添えて欲しかったに過ぎない。設計者の姿勢にものを言ったつもりだった。
別に~があるからと言って優れた住宅とは言えない。ユーザーとして自分や家族の生活感や収入、感性を見極めることは当然、企業の事業に取り組む姿勢や実績、財務状態、企業としての将来性、現場の資質などを貪欲に情報収集し、整理して思考を重ねて購入すべきである。薄っぺらいメーカーほどそれを語って売っていたものだ。
また、悩んだ挙句判断できないと設計事務所の門戸を叩く人がいたが、私の顧客になったことは言うまでもない。彼らは分譲住宅を購入した人と比べると遥かにメリットを得たはずである。それは今やっている仕事でも言えることだ。資材を卸している会社からの注文も有難いが、直接問い合わせてくれた人にはそれだけのメリットを得てもらえるようにするのが務めだと今も思っている。
あちこちで大勢の人がものを作って売ろうとしているが、今少しキャッチの陰に隠れた内容を望みたいと思う時がある。





