当時は新人の監督は一度は職人の洗礼を受けるのがキマリだった。多くの同僚にもそれぞれの聞くも酷(ムゴ)い話がある(笑)。しかし、それを後になって職人や代人との飲み会で面白おかしく喋れるくらいでないと一人前とは言えなかった。20代の頃と言うのはそうやって皆が仕事を覚えたものだ。教わったのだから恨みはない。
初めは口髭だけだったが、気に入らない口髭を生やした出稼ぎ大工がいたので直ぐに顎にも伸ばすことにした。その大工にはついに切れて一度武力を行使した(=殴った)ことがあったが、其れまで私を馬鹿にしていた代人達が一斉に集団的自衛権を行使してくれて、しかも帰りが危ないと言ってその日は現場事務所に泊まれというので泊まった。夜通し警護をしてくれたが、今思えばそのことを肴にして飲みたかっただけではないかと思う





代人に言わすと、その大工は現場でも嫌われ者で、皆居なくなって欲しいと思っていた所、監督が手を挙げたことで、辞めさせる理由ができたのだと。
月に一度は新橋の大手不動産の建築部で1日を勤めないといけなかったがスーツにヒゲの組み合わせは事務員の女性に大いにモテた。建築部は5階、事務は主に4階にあったが、立替金の請求用紙をある事務員が持ってくる。暫くすると別の事務員がそれを回収に来る。更に現金を届けに来るのは別の事務員だったりした。
外の店で昼飯を食べている時に建築部の女性が
「4階の女の子で山本さんが好きだという子がいる」
と聞かされた。
食事が終わり、ビルに戻ってエレベーターに乗ると、会社の制服を着た事務の子達も数名自然に乗り込んでくる。誰がその子なのかと思うと急に皆んなが可愛く思えてきてしまう。思わずエレベーターのボタンを押してやったり、
「今日は」
なんて言ってしまったり…アホだ。
2年半の現場通いを終えて設計事務所での勤務に戻り、流石に顎は止めたがそれ以来ずっと口髭は続けている。
60になった今は頭にカラーを入れているが、まだまだ黒さを保っている。しかし、伸びてくるとモミアゲは白さが目立つようになってきた。ヒゲは随分前から白が増えた。若い頃に濃かった筈の眉(マユ)毛や脛(スネ)の毛は薄くなってしまった。毛は変化する。こればかりはどうしようもない。その他は割愛する(笑)。そんなこともあり、街に出る時は時に少しだけあるものにお世話になったりする。
今振り返ると情けないことでもあるが、皆んなと俺は少し違うぞというアピールが入っていたことは否めない。力量が伴わないから外見で誤魔化そうとしているに過ぎないと言われても敢えて否定はしない。しかし、自分とってすれば、早く本物の力を持たないといけないと思う戒めにはなって来たのも事実である。素直に言えば、今でももっともっと成長したい。したがってこのヒゲを止めることはないのではないかと思ったりもする。




