判官贔屓 | 山犬日記 - 高知在住都民の独り言

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2008年2月から介護赴任して9年が過ぎました。
2016年6月から犬と暮らしています。

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判官贔屓(ほうがんびいき)とは、
第一義には人々が源義経に対して抱く
同情や哀惜の心情のことであり、
「弱い立場に置かれている者に対して
同情を寄せる」心理現象を指す。

「判官」の読みは通常「はんがん」
だが、『義経』の伝説や歌舞伎など
では伝統的に「ほうがん」と読む。

現代の使われ方としては上にある
通りで、然程悪い使われ方をしない。

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しかし、掘り下げて調べてみると、
歴史をすり替えた物語や逸話を通じて
無知な民衆の感情を操作した結果で
あり政権においては政権を正当化し、
批判勢力においては政権を批判する
巧妙な政治的手法であると解釈できる。

歴史学者の上横手雅敬は、「義経が
いじめられた」ことこそ判官贔屓成立
の根源であり、具体的には、義経の
専横ぶりを訴えた梶原景時や義経追討
の命を下した源頼朝という悪玉を
「不可欠の前提」としているのだと
述べている。

上横手は、『吾妻鏡』が鎌倉幕府に
よって編纂された史書であるにも
かかわらず、頼朝や梶原の厳しさや
冷酷さ悪辣さを最も強烈に描き
一方で義経に対し同情的な記述すら
置いていると指摘した上で、
『吾妻鏡』が北条氏の立場を正当化
する史書である以上、北条氏によって
破滅へと追い込まれた梶原が悪辣な
人物として描かれるのは当然のことで
あるが、それに対応する形で判官贔屓
が成立し、義経を人気者・善玉とする
と同時に北条氏陣営に引き込む結果と
なっていることは注目に値することで
あり、判官贔屓が「北条氏によって、
直接であれ、間接であれ、操作されて
いるのだとすれば、その歴史的意識も
また洗い直されなければならない
だろう」と述べている。
これについて歴史学者の奥富敬之は、
「よくない政治をとる源氏将軍に
かわって、世のため人のため、政務を
とるようにした」のが北条氏であると
いう解釈を『吾妻鏡』はとっているが
創設者であり鎌倉武士の尊敬を集めて
いた頼朝についてはさすがに直接的に
批判することが躊躇されたため、
「梶原景時を讒者とし、その景時を
重用して義経を死に追いやったとして
読者が頼朝を批判することになるよう
に」という
「きわめて高度なテクニック」
を用いたのだと指摘している。
奥富によると、『吾妻鏡』は頼朝を
批判するために意図的に判官贔屓を
作り出した。
なお、景時の「讒言」は頼朝によって
義経のもとへ奉行として派遣されて
いた以上当然の行動であり、
また義経が頼朝の命令を守らず自分
勝手に振る舞うことを快く思わず警戒
した武士は景時に限らず、頼朝は
体制の倫理を代表して義経の非法性を
決定したのであって、頼朝が狭量で
あったがゆえに義経を疎んじたと
断じるのは適切ではないとする
見解もある。


つまりその為の役割を担った物語や
逸話に描かれたものは虚像であり
描かれるものは事実ではない。

義経にまつわる背景には源氏に対する
平家、源頼朝に対する藤原、またのち
には北条がその政争でこれを用いて
「判官贔屓」という諺を確定させた
とみた。

大事な点は偽ってまで民衆の心理を
引き寄せようとしたことであり、
そこにはあらゆる心理操作の手法が
登場する。

またこれらは「判官もの」と呼ばれる
御伽草子、謡曲、狂言、舞曲、
歌舞伎・浄瑠璃などの作品群の
大本となった。

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歌川国芳が描いた義経

『義経記』は
義経を贔屓されるにふさわしい
「女性にも見紛うほどの眉目秀麗さ」
を備えた、美しく弱い存在として描き
「贔屓を助長する調味料」とした。


目を現代に移すと「慰安婦」や
「南京虐殺」もそれに当たるのでは
ないだろうか。

感情を揺さぶられんとする話には
安易に心を動かしては危ないという
戒めとして「判官贔屓」という諺を
理解したい。