優れた文章に出会いました。
無謀な感想と疑問をメモとして
書きとどめておきます。
東大名誉教授・石田雄氏
「戦争に向かった戦前と似ている」
大変落ち着いた視点を指摘され、
尤もだと納得しながら拝読させて
いただきました。
理解したことは2つあります。
1つは、デンマークの陸軍大将、
フリッツ・ホルンが提唱している
戦争絶滅法案を例に出されて、
(開戦後10時間以内に元首、首相、
閣僚、議員を最前線に行かせる)
そういうことを決めれば
戦争はなくなるという話です。
その通りですね、実に深層を突く
良い案だと思いました。
2つ目は、1に続いてこう述べられた
ことについてのことですが、
「積極的平和主義なんて、
簡単に言えるわけがない」
これは、
<個別的自衛権であれば、
「日本の領土内に攻め込まれたとき」
という歯止めがかかりますが、
邦人保護という名目で海外に
出ていけば、歯止めがなくなって
しまうのです。>
を根拠にしての発言と思います。
これに違和感を覚えました。
何故なら、集団的自衛権の行使に
ついてこれに反対される方の根底に
あるのは、
(巻き込まれる→危険)
↓
(殺せと命令される→断れない)
ここが根拠だと確信したことに
よります。
上記が2つ目に理解したことです。
以下は個人的な疑問です。
危険な所に行けば誰かによって
(殺人を)命令されることに関して
ですが、誰が命令を出すのでしょう?
「武器を持つということは
そういうものだ」
と言う声が聞こえてくる気がします。
同盟国であろうと、望まれた時、
何故断れないのでしょうか?
その理由と根拠は何でしょう?
攻撃を加えるには、
自衛隊の判断だけでは出来ません。
文民統制もあります。
もし、手を出した場合その理由が
何であろうと、日本の世論は許す
はずはないと思います。
手を出した事実は政府に許可を出した
人が居ることになります。
自衛隊からの要求であれ、同盟国の
要求であれ、政府がそれを許可すれば
許可を出した人間の政治生命は
この日本ではそく終わるでしょう。
(人の命より自分のポストに
固執しようとする人でさえです)
反対意見は過去の主観で、
「軍人は暴走する」
という歴史観のイメージがあっての
ことではないかと思います。
今後も必要のある自衛のために
自衛隊が武器を持たないのであれば、
同盟国から見れば邪魔になるだけ
でしょうね。
そしてこう言うでしょう。
「何故、我々だけが危険な目に合い
あなた方の国の人を助けないと
いけないのか?その最中に居て、
死に迫る攻撃を受けている時でさえ
何もしてくれないのか?」
これを言わないでもらうためには、
一つには個別的な自衛で全てを
やり切るしかありませんが、
それをやり切れますか?
出来るはずないと考えます。
自衛隊でもそう結論が出ていると
聞いています。
ご指摘のご意見は総論として、
どこ迄も何もしない姿勢を貫くべきだ
というご指摘でしょうか?
<平和とは非暴力であり、
非暴力とは敵を憎まないことです。
敵を理解することで、問題を
解決しようという考え方です>
お話の根本的な思想と思いますが、
この思想は個別の自衛においては
構わないのですか?
<国内であれば歯止めがかかります>
ここって矛盾してませんか?
あらためて問いますが、武器を
持たない非暴力で、同盟国の人が
日本人のために危ない目に合い、
怪我をしても良いのでしょうか?
武器は人を殺すだけのものとは
思いません。
<海外の邦人を保護するため、
と言っていますね。
この理屈も戦前と似ています。
…それが戦闘を広げた…>
どうあろうと義務だと思います。
勿論、予期せぬ危険との遭遇も、
事故の確率も高まるでしょう。
だからと言って義務を放棄して、
他国の戦士に任せてきたこと、
それをどう考えますか?
そのためにどうするかが
議論の目的と思います。
<集団的自衛権による武力行使や
集団安全保障による制裁措置に
自衛隊が参加すれば、ますます、
憎悪と攻撃の対象になる。>
当たり前です。
どこ迄どう抑止をして手を出さず、
危ない領域を狭めることが出来るか、
義務を果たしながら、どうすれば
抑止力を発揮出来るかを議論し、
案を出して行くことが今の日本人が
有事に備えてやるべきことと思います。
武器を持てば良い訳はありません。
昨今の議論は、議論を尽くして
その責任を果たすことから「逃げる」
ことの口実作りに思えてなりません。
これがどうしても払拭出来ません。
逃げない姿勢を明確にしての意見を
探していますが、今の所、反対の
文章の中にそれに及んだ意見を
見つけることはありません。
お願いですからそう言う視点での
まとまった文章を読ませて下さい。
疑問を書かせていただきました。

