仙厓義梵(せんがいぎぼん) | 山犬日記 - 高知在住都民の独り言

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2008年2月から介護赴任して9年が過ぎました。
2016年6月から犬と暮らしています。

尚、当ブログの内容と関係のないコメントは削除させていただきます。


久しぶりでこの名前を見ました。
初めて見た時は「何ふざけてんの?」と思った記憶があります。

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仙厓義梵
(せんがい ぎぼん、寛延3年(1750年) - 天保8年(1837年))
は江戸時代の臨済宗古月派の禅僧、画家。禅味溢れる絵画で知られる。
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美濃国武儀郡で生まれ、月船禅彗に師事。博多の聖福寺の住持を二十年務め、多くの洒脱・飄逸な絵画(禅画)を残す。東京の出光美術館は仙厓の絵のコレクションで知られている。

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<エピソード>

仙厓はその奔放な生き方をもって知られており、狂歌も多く詠んだ。有名なものとしては、美濃国において新任の家老が悪政を行ったことに対して

「よかろうと思う家老は悪かろう
もとの家老がやはりよかろう」

という狂歌を詠んだ。後に美濃国を追放された際には美濃国と蓑を掛詞とし

「から傘を広げてみれば天が下
たとえ降るとも蓑は頼まじ」

とうたった。

また、絵を依頼に来る者が後を絶たないことについても、自分の家をトイレになぞらえる狂歌を残している。その心は、誰もが来ては紙を置いていくということである。

「うらめしやわがかくれ家は雪隠か 来る人ごとに紙おいてゆく」。

辞世の言葉は

「死にとうない」
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だったという逸話がある。ただし、同様の逸話は一休宗純にもある。

<代表作>

○△□図 (出光美術館) 紙本墨画
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指月布袋図 (出光美術館) 紙本墨画
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豊干・寒山拾得図屏風 (幻住庵) 

紙本墨画 六曲一双 文政5年(1822年)

その他多数

タッチも素朴で洒落てます。

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私の目指したい爺さん像の一つ。