積極的に諦めること(再掲) | 山犬日記 - 高知在住都民の独り言

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2008年2月から介護赴任して9年が過ぎました。
2016年6月から犬と暮らしています。

尚、当ブログの内容と関係のないコメントは削除させていただきます。

リクエストにお応えして、画像を変えて再掲します。


【諦める】
望んでいたことの実現が不可能であることを認めて、望みをすてる。断念する。思い切る。/「大辞林」より



(1)子供の頃、親や先生から「諦めてはいけない」「諦めないことが大事だ」と教わった。
それは何かに取り組もうとする時、簡単に投げ出してはいけない、もっと我慢しなさい、という叱咤激励の類である。
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(2)「積極的に諦める」ことについて考えてみたい。

物事が先に進まないのは、同じことを繰り返すからである。
明らかに自分の身体或いは頭に新たな要素または情報をインプットし、古いものと交換しないといけない局面である。
そんな時、「積極的に諦める」ことを要求される時がある。
つまり「離れる」ことだ。
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(3)諦めることは難しく、大人になっても簡単にはできない。
人の身体や頭は安易なことに馴染み、大部分はこの安易に馴染んできた結果によって作られてきている。
それを変えるには苦痛を伴う。
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(4)政治や会社でTOPが替わると、それ迄馴染んできた行政や発注先との関係を変えることを余儀なくされ、それに反発して以前の関係を死守しようと現場の首長は躍起になる。
これも、諦めるための苦痛を回避しようとする人の本能であるかのように思えるが、これでは根本な問題の解決にはならない。
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(5)旅先で町を去る時、このまま立ち去れば二度とここに来ることは無いのではなかろうか、見忘れたもの、やり残したことは無いだろうかと感傷的に思ってしまうものだ。
しかし、一端電車が動き出すと、何時の間にか次に訪れる町の事を考えていたりするものである。
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(6)諦めてしまえば今迄雑草に占領されていた心の中に、新しい空間が生まれる。
引越しした部屋に新しい家具を置きたくなるように新しい空間には新しい物で埋めたくなるものだ。
気が付くと何時の間にかその部屋の事に夢中になっている。
その作業の中に思いもしない情報をはじめ、予想もしなかったご褒美を頂く事がある。
離れた苦しみの代償はちゃんと用意されていたりするものだ。
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(7)諦めること、離れることを覚えないと何時までも自分を変えることは出来ない。
同じ所を回るだけで、社会や個人の成長は止まる。
子供の時に家庭が貧しく、欲しい物を買って貰えず、行きたい学校に行けず、或いは、両親と同居できなかった子供は諦めることを強いられた。
それは決して積極的に習得した方法ではないかも知れないが、その方法さえ身につけていれば、将来の個人の成長や新しい社会に対する順応に大変に役立つ。
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(8)日頃、大口を叩いている人に限ったことではないが、行き詰まった状況に陥った時、うろたえ、何時までも解決策から逃避する人は多い。
そんな時、諦めることを身につけている人は、いち早く自分を変え、苦境を新たな視点から捉え、前に進む策を見いだすことが出来る。
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(私の持論ですが、一部茂木健一郎さんの文章をお借りしています。)