追憶 | 山犬日記 - 高知在住都民の独り言

山犬日記 - 高知在住都民の独り言

2008年2月から介護赴任して9年が過ぎました。
2016年6月から犬と暮らしています。

尚、当ブログの内容と関係のないコメントは削除させていただきます。


【The Way We Were】
/バーブラ・ストライサンド
/映画「追憶」より
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若いときに読んだ本を年を経て
読むと違う印象を持つように,
音楽もあの時と今では異なって
聞こえることがあります。

あの時は微笑みや笑い声の中にいて
わからなかったけれど、
今はその人の微笑や笑い声が懐かしい、
そんな人が1人や2人,あなたの心の中にいるのではないでしょうか。
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同じ青春時代であった方なら,
この歌の歌詞に共感を覚えるかも
しれません。

この映画が封切られた1973年は、
私にとっては高校を卒業した年。

何をしていいのか分からず、
初めは京都でヒッピーと
4ヶ月ほど生活を共にし、
その後は神戸に移って、
地元で様々な仕事をする人達に
埋れて本当にどっぷりと暮らし、
何もかも初めて見る社会に、
自分なりの価値観というものが
養われ始めた年でした。

おそらくこの時の経験が、
母校の同級生とは確実に違う
経験だと思っています。

そしてその後の人生の中で、
その経験が礎となり、
今日に至る迄の間に有った
幾つかの出会いや別れも
人並みに始まる訳で…(´・ω・`)

余談ですが、私が出会った人は
男女に限らず不思議と行動的であり、
文系なら思想や政治的カラーが強く、
理系なら極めて論理的な人でしたね。

何故でしょう(笑)

今、この曲を聴くと、映画と似た
シチュエーションになるまで
年月を重ねたという現実に
感慨に更け、イントロとエンディング
のバーブラ・ストライサンドの
ハミングには思わず
ため息をついてしまいます。
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【『追憶』について】
映画『追憶』は、苦学生で学生時代に
政治運動に積極的に関わり、
やがて政治家となるケイティ
(バーバラ・ストレイザンド)と
ノンポリのスポーツマンから
やがて映画脚本家となるハベル
(ロバート・レッドフォード)の、
第2次世界大戦前後の激動する
社会景を絡めた恋物語です。
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【バーブラ・ストライサンドについて】

Barbara (Barbra) の語源は
「わけのわからない外国人の言葉」
という意味のラテン語の barbarus の
女性形で「見知らぬ女,外国人女性」。 
異国の人の持つ神秘的な部分が
この名前の由来としてあるようです。
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彼女は1942年4月24日ブルックリン生。
教師をしていた父親を1歳と3ヶ月で
亡くし,母親は秘書をしながら
バーブラとその兄を養育しますが、
やがて中古車販売をする Louis Kind
と再婚します。
この継父とはしっくり行かず,
また見かけのこと(鼻が大きい等)で
友達にからかわれ,孤独な少女時代を
過ごしたと言われています。
見かけについては母親からも
女優向きではないと言われたらしく、
彼女は今でもそのことに
コンプレックスがあるそうです。

彼女の場合,その見かけを逆手に
とって幼い頃から奇抜な格好をして
来たようです。
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1959年伝統のある高校を優秀な成績で
卒業後マンハッタンに出て友達と
共同生活をしながらナイトクラブで
歌ったりオフブロードウエイの
端役をしたりしますが、
女優として成功するチャンスは
比較的早く3年後の1962年に訪れます。
I Can Get It for You Wholesale  
というミュージカルのオーディションで奇抜な自己演出をしプロデューサ・デヴィッド・メリックの目に止まり,役をもらいます。 

ボロボロのコートにテニス・シューズに
ぐちゃぐちゃの髪にニット帽。
楽譜のはみ出たカバンと
サンドウィッチを
持ってステージに上がり、
わざと楽譜を落として拾い、
パイプイスに座るとクチュクチュ
させていた口から何やら取り出し、
イスの座面の裏にこすりつけたとか。 
(てっきりガムを付けたのだろうと
思ったメリックは、それが演技で
実際はガムを噛んでいなかったことを
後で知ります。)
結局、メリックは彼女に5回の
オーディションを行い、
40歳の女優にやらせる役を
19歳の彼女にさせることを決定、
ここからストライサンドの
スターへの道が開きます。 

新人ながらディレクタと口論したり、
プログラムの経歴にマダガスカル
生まれのラングーン育ちなどと書き、
周囲から顰蹙を買う行動をし続ける一方
ショウでの彼女は観客から
スタンディング・オベーションを
受ける大成功を収めます。
そしてコロンビア・レコードと
契約しリリースした 
The Barbra Streisand Album は
74週間ビルボードのアルバムチャート
のトップ40内にあるというヒットで1963年のグラミー賞を2部門で受賞します。
私生活でも
I Can Get It for You Wholesale
に出演していた Elliot Gould と
結婚、1966年には息子が誕生します。 
ただし1971年には離婚、1998年に
俳優のJames Brolin と再婚しています。

1964年のミュージカルFunny Girlを初め
多くのコンサートで歌いましたが、
彼女がユダヤ系アメリカ人であり
イスラエルを支持していたことから、
1967年に何者かから殺すという脅迫状を
受け取り、それ以降は舞台活動はやめ、
レコードと映画を活躍の場としています。
今までに54枚のアルバム、39枚の
ゴールド・ディスクを出し、
映画に与えられるアカデミー賞、
音楽に与えられるグラミー賞、
TV番組に与えられるエミー賞、
演劇・ミュージカルに与えられる
トニー賞、これら全部を受賞した
唯一の女優/歌手です。 
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ところでバーブラ・ストライサンドは
熱心な民主党支持者として有名です。
1992年の大統領選挙ではクリントンの
選挙資金を集めるために、脅迫事件
以来、舞台に立つとあがってしまうという
プレッシャを押しのけて
コンサートを開いたほどで,
現在も彼女のホームページ(http://www.sonymusic.com/artists/BarbraStreisand/)
を見ると、ブッシュ共和党政権を強烈に
攻撃する文章がぎっしり書かれていて,
圧倒されます。 

トップページの作りは完全に
芸能人のオフィシャルサイトのそれで、
本来、コンサートやCDのPRが
書かれているべきところに
 Perhaps the Real Reason Bush Went to War
(ブッシュが戦争をした本当の理由はたぶん)
なんて記事を載せているところは
ちょっと他にありません。 

【歌詞について】

映画のタイトルでもある 
The Way We Were
はどういう意味でしょう。
way は非常に良く使う多義語です。
日常よく使う語はその表す意味が
漠然としていて含みがあり、
完全に一つの訳に対応できないことが
多いものです。
簡単に言えば「あの頃の私たち」と
いうことでしょうか。
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