胡桃割る胡桃の中に使わぬ部屋 | 山犬日記 - 高知在住都民の独り言

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2008年2月から介護赴任して9年が過ぎました。
2016年6月から犬と暮らしています。

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私には何かある度にふと口に出てくる言葉があります。

「胡桃割る 胡桃の中に 使わぬ部屋」鷹羽狩行

どういう大意なのか、作者の言葉を紹介すると、、

割った胡桃に実のない空間を、クルミのあるべき「部屋」と思い、そこに中身がないことは、無用の用を狙っての企みか、機械などにある”遊び”かと考えた。 さらに誰かが”ものごとの核心には空虚がある”と言ったように、この欠落は人間の英知、なんらかの幽玄不可解な目的のための部分なのかもしれないとも思った。人間の内部を眺めてもそこに同様の不思議な部分があるのではなかろうか。


書かれた当時は余り評価されないない句だったようです。
その後エッセイのタイトルになったり、向田邦子の小説に登場したり、見直された句のようです。
私は向田邦子の小説を読んでいてこの句に出会いました。


胡桃の部屋

向田が1981年8月に台湾取材中に飛行機墜落事故で不慮の死を遂げる5カ月前に製作されたもので、家族の大黒柱である父がリストラに遭い、それがきっかけでの失踪を端にした家族崩壊が進む。しかし、次女である桃子がその父親に代わって家族の再建を図ろうとする様を描いた社会派ホームドラマ。
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 バブル前の1980年頃の東京を舞台に、生真面目で不器用な二女・桃子が、リストラで蒸発した父の代わりに一家を守ろうと奮闘する「胡桃の部屋」。父に裏切られた失意の母、同じく夫の不倫に悩む姉、玉の輿(こし)の結婚を狙う妹…就職活動がうまくいかない弟。それぞれの家族の悩みが胡桃の中にある「胡桃の部屋」のように、一つ一つ明らかになっていく…。



この小説についてはいろんな方のエピソードが出てます。一つだけ、そのさわりを紹介しておきます。



 向田邦子が南方の空に散ったとき、大勢の人が嘆き悲しんだ。小説と呼べるものは、まだ二十篇しかない。
テレビ千本、ラジオ一万本の「貯金」を使って小説というかたちで、どんなふうに読者を楽しませてくれるのやらこれからという時だったのに。

 邦子の事故遭遇の一週間前、八月十六日のことである。陣中見舞いとしてやって来た邦子は別れ際、「あ・うん」の続編をまたいっしょにやろうと岸本加世子(さとこ役)に声をかけた。俳優会館の階段の上から、次は、さと子の結婚するところから始まるからねといった。
 「向田さんの分身でもあるさと子が結婚する、何だか不思議でした。先生は結婚しなかったのに、どうするんだろうと思ったのを覚えています」
 岸本が最後に見た邦子は風の中で笑っている姿であった。

 向田は俳句をひそかに熱心に読んでいたふしがある。ドラマのタイトルにも句からとったものがあるほどだ。「胡桃の部屋」。これはまだ知られる前の鷹羽狩行の「胡桃割る胡桃の中の使わぬ部屋」から引用した。俳句雑誌などをこまめに読んでいないとこうはいかないだろう。ところで、向田の中の「使わぬ部屋」には何が秘められていたのだろうか。