ノート・イネガル/すーさんのブログ

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クラシック音楽や美術など、好きなことを気ままに記すイネガルな日々。

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 最近はCDを買うことが、めっきり少なくなりました。聴きたい新録音がリリースされると、まず国内外のハイレゾ配信サイトを探し、その新譜をCDを上回る情報量を持った音楽データとして、輸入盤CDよりも更に割安な価格でダウンロードするのが普通になってしまいました。但しお気に入りのピアニスト、イリーナ・メジューエワさんのように、所属レーベルがまだハイレゾ音源を供給していなかったり、海外の配信サイトでも特定のレーベルでは、“Sorry, download not available in your country”となっていたりで、やむを得ずCDを買わざるを得ないことも…。日本でも早く、欧米並みのダウンロード配信が主流になってほしいものです。
 
 マリラ・ジョナス Maryla Jonas というピアニストがいます。PRESTO CLASSICAL というイギリスの配信サイトで新譜を見ていて、1950年前後に録音された数少ない彼女の音源をCD4枚分にまとめたセットが、米国ソニー・クラシカルから発売されたことを知りました。ショパンのマズルカやワルツを中心とした小品集ですが、いくつかのマズルカをサンプル音源で聴いて唖然としました。流石に音源の古さは感じさせますが、丁寧なリマスタリングが施されています。それにもまして、マズルカ特有のリズムの自然な揺らぎや、聴き馴染んだ旋律をいま生まれたかのように表現する、強い説得力と高い芸術性に驚かされます。一体、どういう人なんだろうと調べてみると、日本でも今月の4日に同じCDセットが発売されたばかりでした。タワーレコード・オンラインに紹介されていた彼女の経歴などを引用させていただきます。
 
■「詩人にして、ピアノを自在に操る名手。現代の名ピアニストの中でも、彼女と肩を並べられる者はほんのわずかだ」(オリン・ダウンズ/ニューヨーク・タイムズ紙)、「ソロ・ピアニストとして第一級の存在」(ヴァージル・トムソン/ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙)と絶賛されたポーランドの知られざる名女流ピアニスト、マリラ・ジョナス(1911-1959)が1946年から1951年にかけて米コロンビアに残した貴重な全録音を集大成したボックスセットです。ジョナスはナチスの追及を逃れてブラジルに亡命し、その後アメリカで成功を収めますが、48歳という若さで亡くなりました。残された録音もわずかしかなく、オリジナル・マスターからの復刻は今回が世界初です。
■マリラ・ジョナスは、1911年5月、ワルシャワに生まれました。天才的才能を持ったピアニストとして、ジョナスは9歳の時ワルシャワでデビューし、パデレフスキの生徒となりました。彼女は1922年に国際ショパン賞を、翌年にはウィーンのベートーヴェン賞を受賞し、1926年からは全ヨーロッパでリサイタルを開くようになりました。しかし1939年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって、演奏活動の中断を余儀なくされ、彼女は強制収容所に収監。数週間後、彼女は自分の演奏を聴いたことがあるドイツ人高官の手助けを得て脱走、徒歩で数か月かけてベルリンのブラジル大使館まで325マイルを逃亡。これは後に「奇跡」と伝えられています。そこから、ジョナスはリスボン経由でリオデジャネイロへ亡命しました。肉体的・精神的に疲弊したジョナスは演奏活動をやめ、何カ月もサナトリウムで過ごします。夫、両親、兄弟がナチスに殺されたこともその状況に拍車をかけました。しかし同郷のアルトゥール・ルービンシュタインがジョナスにピアノ演奏への復帰を促したと言われ、1946年2月25日、ニューヨーク、カーネギー・ホールでアメリカ・デビューして成功を収め、ピアニストとして復活したのです。その見事な演奏は、特にニューヨーク・タイムズ紙のオリン・ダウンズや、作曲家でニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙のヴァージル・トムソンといった名うての評論家たちを夢中にさせたのでした。
■その約5年後、ジョナスはシューマン「謝肉祭」を演奏中に体調を崩し、舞台袖に戻ったところで倒れました。すぐに回復し、ステージに戻ったジョナスは予定された演目を弾き終えましたが、再び演奏活動から離れ、結局1956年12月のカーネギー・ホールでのリサイタルが、最後の演奏となりました。1959年7月3日、ジョナスは極めて稀な血液の病気で48歳の生涯を閉じました。
■コロンビアへの録音は1946年から1951年のわずか5年間に行なわれ、これらがジョナスが残した全録音です。生前特に絶賛されたショパン作品からは、27曲のマズルカを中心に、夜想曲、ワルツ、ポロネーズ、練習曲、舟歌(注:この人の舟歌が聴ければどんなにかと思うのですが、子守歌の間違いのようです)などが含まれており、ジョナスの表現力豊かな演奏の特徴がはっきり出ています。比較的大きな曲はシューマンの「子供の情景」のみですが、これは曲ごとの雰囲気の対比をはっきりと付け、文字通りラドゥ・ルプーやホロヴィッツに匹敵する魅力を持った演奏といえるでしょう。SP後期からモノラルLP初期の録音であったため、これまでCBS~ソニー・クラシカルからは復刻盤が出たことがなく、今回の正規マスター(アナログ・マスターおよびディスク原盤)からの24bit/192kHzリマスターによる丁寧な復刻は、全ピアノ・ファン待望のCD化といえるでしょう。
 
 まさに「戦場の女流ピアニスト」です。サンプル音源を少し聴いただけでも涙腺が緩む、神業のような美しい音楽の裏に、このような苛烈な経験が隠されていたとは。上記のイギリスのサイトでは、このCDセットの日本へのダウンロード販売は不可となっていたので、さっそくCDを注文したことは言うまでもありません。
 

 彼女の事を知って、改めて、ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」を読み直しました。ユダヤ人精神分析医の著者が、自らのナチス強制収容所での体験を、医学者としての客観的・分析的視点を貫きながら書き下ろした記録です。極限状態であからさまになる人間性への深い洞察と共に、耐え難い苦しみの中で人としての在り方や人生の意味を模索していく過程が、「言語を絶する感動」と評されています。世代を越えて、あらゆる人に読んでいただきたい名著です。この中で読者に提示された極めて哲学的な課題を以下に引用しますが、同じ時代・同じ環境を生き抜いたマリラ・ジョナスもまたショパンを通じて、聴く者に同じテーマを投げかけているように思えてなりません。なぜなら、「ショパンの音楽は『死』と隣り合わせ」(イリーナ・メジューエワ)だから。

 
 「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。(中略)もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。」(池田香代子訳)