昨日、県選手権決勝リーグが行われ、1勝2敗の3位。
前回の県ジュニア大会と同じ3位に終わり、悔しい結果となりました。
レベルアップ幅が相手チームの方が大きかったということでしょう。

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総体に向けて、またやり直しです。
自分自身に負けないように。
頑張ろう、南中ハイキュー部!


種目は違えど、勝負のスペシャリストの言葉は大いに参考になります。
少し長くなりますが、紹介します。

致知(2014年2月号)に掲載された将棋の谷川浩司棋士と囲碁の井山裕太棋士の対談。
テーマは「一意専心」。
(谷川) 「無冠になって吹っ切れた部分もありました。それまでは、勝負にばかり囚われて、羽生さんに勝つためにどうすればいいかといった小手先のことばかり考えていました。気持ちの余裕を失って、自分自身の技術を高めるということをあまり考えられなかったんです。けれども、少しずつ、羽生さんと比較してもしょうがないという気持ちになった。これまでどおりきっちり研究して、自分の持っているものを対局の場で100%出すことだけを心がけて、それで負けたらまた次の日から研究すればいいことだと。そう思えるようになってから、逆に羽生さんと対局できることが楽しみになってきたんです。そしてその年、竜王のタイトルを奪取することができました」

(井山) 「師匠から「負けて涙を流しているだけでは何万回打っても強くなれない」と、なぜ負けたのかを反省することの大切さを諭された」

(谷川) 「私は最近「心想事成」という言葉が好きで揮毫させていただく。心に思うことは成るという意味ですが、そのためには平素からどれだけ本気で勝負に打ち込んできたかといことが大切だと思います。真剣に、本気で打ち込んできた時間が長く、思いが強い人ほど良い結果を得ることができるし、そのための運も呼び寄せられるのではないでしょうか。もちろん人間ですから一日中将棋のことを考えているわけにはいきませんが、体の中心に将棋いうものが軸としてあるか、そこが問われると思います。」


また、
プロフェッショナル仕事の流儀(NHK2016年4月25日)で放送された井山裕太棋士。
~安全は、最善策ではない~
「常識的な手を選択していれば、大きく形勢を損ねることはない。だが、独創の碁を打つことにこだわる井山は、危険をかえりみず積極的に未知の局面に踏み込んで行く。たとえその一手によって勝負を落としてしまう可能生があっても、リスクを引き受ける。そこには「安全は、最善の策ではない」という井山の勝負哲学がある。「安全な手」とは、最善手を100点とするならば、少し悪い90何点の手だと井山は言う。その「ゆるみ」を積み重ねるうち、いつの間にか形勢が入れ替わるのが勝負の世界だ。だからこそ、安全な手にこだわることはかえってリスクが高いと井山は言う。」
~自分を信じ抜く~
「勝負のかかった場面で、ときに大胆な手であっても、信じて打ち切れるかどうか。誰の助けもない中で、それをやり遂げるのは容易なことではない。井山がそれを心底思い知ったのは19歳のとき、初めて囲碁7大タイトルの一つ、名人位に挑戦したときのことだ。相手は台湾出身の張栩名人。井山が目標にしてきた最強の棋士だ。井山は幸先よく二連勝。しかし勝つほどに、言いようのない苦しさに襲われるようになった。負けても張栩名人は平然と打ち進めてくる。碁盤を隔てた45センチ先で、こちらの力を試しているような圧倒的な空気。どこに打っても自分の手が悪いような錯覚にとらわれる。その感触を最後まで払拭(ふっしょく)できず、井山は負けた。そのとき、井山は自分に欠けているものにはっきりと気づいたという。「自分を信じ抜く力」だ。以来、井山の碁は変わった。目指すのは、どんな状況でも自分を信じ抜く、ゆるぎない境地だ。」