本当の悲しみとは | seawinterのブログ

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本当の悲しみとは、泣き叫んで 居る ばかりでは無い 事を痛感した。

 

 

そう、 何もする元気を無くし、ただ、自分を無くして、時間を過ごす事だ。

 

悲しみが 無い 人生 なんて あり得ない!

 

生きていれば 親を亡くす時が 必ず やってくる。

 

あんなに愛してくれた 両親

 

しかし、時の流れは 押し止められない

 

親から 離れて 自分の道を探求する 生活は やって来る。

 

一週間に一度、親の家に帰る 寮生活。

 

 

電車の中で 流れ出る涙 は、 思いのほか だった。

 

その両親も鬼籍の人となり、久しい。

 

高齢となれば、致し方のない境遇なのだが、 誰も 内実を語る事は無い。

 

親だって 悲しかったはず。

 

しかし、夢を追う 娘を じっと応援することこそ  最優先のこと!

 

一人になった母 も、 寂しかっただろうに・・・・・・・・

 

決して、泣き言は 聞かせなかった。

 

両親の愛 は、 その必要な時に 存分に注がれて 居たのを 知っている。

 

戦時中に生を受けた私は 困難を要しただろうが、 無い事を 理由にはしなかった。

 

与えられる すべてを 与えてくれた。

 

自分のモノを すべて 食料に替えて。

 

 

親ならば  すべての人が そうするように。

 

世の中のすべての人と 同じように?  私は 大きな愛を 注がれて来た。

 

どうして、 今、 それを感じたのでしょうか。

 

きっと、目に見えなぬ応援団 が ジレてきたのでしょうか。

 

何も表現しようとしない  私 に。

 

悲しい出来事から脱する 方法こそ、 何かに集中することかも しれないから。

 

集中出来ない 長い時間が 必要だったかも。

 

作品を見て、思わず 笑ってもらえたら それこそ 的を得た 作品になり得るかもと。

 

そして、何もしない 時 は、 何も得ない 悲しい時の 積み重ねでしか無い。

 

それこそが  本当の悲しみ では 無いだろうか。

                 ( 平成31年5月14日 記より)