8年目の悲しみ | seawinterのブログ

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昨日、カラオケの競演 で  3名の 男性と出会いました。

 

小さな空間での カラオケの競演で 初対面ながら 「あ~男性 だな~」 と 思いました。

 

しばらく  そんな感情は どなたに会っても 感じませんでしたので。

 

 

 

48歳の義息子と 4ケ月の病で 急に 失った 悲しみから 涙も出ない状況でした。

 

今日、夕方から、急に思い出されて、涙が ホロリ ホロリ と コボレて来てしまったのです。

 

初めての 悲しみの涙 と 申せます。

 

 

時も同じく、4月の初めに それは 急に 起きた 悲しみでした。

 

人と人との 出会い は ” はからい ” というものが 在るのでしょうか?

 

 

それにしても、8年目なんです。

 

 

 

きっと、神様がイラッシャルならば、孤独な状況を見て、涙を流せる 時を 与えて下さったのか!  と  思いました。

 

最後の1ヶ月間、激しい痛みの 襲来に、助けて と  手を貸してほしいと 懇願されて、背中などを さすりました。

 

昼間は 病室に ツキッキリ でした。

 

夜も居てほしそう  でしたが、夜の付添は、病院に 断られました。

しかし、最後の夜には、泊まって、居てあげて下さいと 医者に 伝えられました。

 

48歳で 死と向かい合った 義息子 には、ただ、 消極的 笑顔のみを 保ちました。

 

何かを 話す 余裕は ゴザイマセンでした。

 

ただ、少しでも 心が 安寧であるように しか 考えませんでした。

 

何も食べられない状況で、手作りの弁当を食べる 私を見ては、やさしい笑みを浮かべていました。

 

 

病室から、少しでも出ないで、居てほしい と 懇願された 私は 秘かに 喜びました。

 

血のつながらない 母息子 に それは、劇的状況の中で 得られた

幸いでした。

 

だから、泣けませんでした。

 

男 と 女 の状況では、ありませんでしたが、コレも、究極の 男と 女の 局面では ないでしょうか?

 

大学を卒業して、実家に帰ってきた 義息子は 父親を心配して 同居を決めて居たのに、急な再再婚に 驚いていましたが、反対はしなかったそうです。

 

夫と22歳差、義息子とは 17歳差 でしたので、それぞれの生きてきた時代背景を 考慮に入れながら、 3人家族は 小さな家で 暮らしておりました。

 

夫のほうが、私には、甘かったかも、しれません。

 

 

義息子のほうは、シッカリ 観察してから、私の意見を聞いてから、「それは、間違っているのでは?」 と、 意見をしてくれました。

 

モットモ、近い存在で  意見をしてくれた 異性だったのでは と 顧みることがあります。

 

 

そして、夫のほうが、甘やかしてくれて 居たのでは と、 今頃 気づいて おります。

 

二人の男性と 暮らせた  私は 幸せ だったのです!

 

義息子は 老いた私を 見るべく、覚悟を決めて 居たのに、 先に逝く 運命に  ただ、 「ごめんなさい」 と 重ねて 申してくれました。

 

 

涙が出なかった 不思議 を 抱えて久しく、こんな日が 訪れるとは、 考えてもいませんでした。

 

悲しい 話 を 読んで下さった ア ナ タ さま には、 お幸せを

祈りおります。

 

経験しなければ  解らない 人の情け に、 また、涙 が アフれて 来ました。

 

けれど、涙を流せて  うれしく 思っております。

 

 

どうぞ、ごめんくださいませ。