何かを成そうとするには、行動を制限し、止めようと考えるのが普通なのだが、考え直した。
お声をかけて頂き、あるカラオケ教室に参加させて頂いていた。
そこで、感動を頂いていました。
年長の方々の歌の上手さが 心に し み た のです。
それは、歌手の方々の歌 より、病気で入院中であったり、地味ながら一生懸命子育てや主婦業をされて来られた普通の方々の歌声にこそ、心を揺さぶられたのです。
カラオケ教室を断念しようと考えた 私の短慮こそ おかしいと・・・・・
感動 と 言うものは なかなか出会えない 代物なのだと。
ラジオ深夜便で、NHKのアナウンサーの三宅民夫さんが担当の 2時過ぎでした。
ふと目覚めたら、チュウリップのコンサートでの歌が紹介されていました。
歌番組などは、見る機会が無く、コンサートにも行った経験はありませんので、新鮮でした。
1970年代のポップス?「さよならのプレゼント」 あ~~今夜だけは君を抱いていたい~~
懐かしい歌声でした。
そして、私がカラオケ教室を止めようとした考えに 疑問を持ちました。
やろうとしている事は、あまりに大胆な事かもしれないが、生活の中から歌という一遍のドラマという感動を失って良いのか?
昨年の6月のパソコンに書いた日記を読み返したら、主治医に創作活動が出来ない悩みを相談していました。
主治医は、大変な喪失感を体験した痕だから、出来なくて当然ですよ、と、アドバイスを受けていた。
時期が来たら、また、出来ますよ! あせらないで・・・・・と。
けれど、今、こうして、創作活動を始めようとあるき始めたのは、カラオケ教室の感動 が 原点では? と 遅まきながら気がついたのです。
肉体的には、運動教室での地味ながら 繰り返し行う運動は 介護生活からの壊れかけた身体は 回復傾向にあります。 否、 ケッコウ 元気 です!
肉体的だけでなく、精神的に回復するには、歌という 感動 に よるものと思われます。
歌詞には、一遍のドラマあり・・・・・・・です。