昭和39年4月、ある大企業の 新人研修 を終えて、配属先に落ち着いた。
あとになりましたが、ご訪問 有難うございます。m(__)m
1年先輩は 同じ高校の先輩で、昼食は、少ない女子ばかりが集まり、食べておりました。
その時 「10分で食べるべし!! オシャベリはその後!」
「急な仕事にも 対処出来るように・・・・・・・・・!」
高度成長期時代の 少し手前 だったが、活気のある 多忙な職場だった。
まだ、女性は 職場の花 的 存在であった とも言えますが、内実には、小回りの効く戦力でもある。
しかし、仕事内容は、灰皿の清掃から、40数名の書類を管理・コピーが主な内容(電話連絡などの管理も)でした。
仕事的には、主婦が使う電化製品だから、使い勝手等など、女性が携わって 開発した方が もっと良い結果が出たかもしれない内容でしたが、世は造れば売れるでしたから、男性社員が主流でした・・・・・・・
本当は、本社の秘書課に配属されていたのを、部長が、引き抜いて、退職する女子社員のアトガマとして、急遽、要望して、配属された、
6年間働きましたが、ある意味、絶望しました。男尊女卑的会社は、全国では、普通のことでしたから。
色んな講習会(製図・話し方教室 など)にも、退社後通い、社会人として通用する為に 努力 しました。
が、社会の認識が変わらない事には、どうしようもなかったのです。
部長は 辞めるのを (その時は栄転したあとの部長)止めようとしてくれましたが、希望が無いことは、周知の事ですので、踏ん切りました。
男の仕事か! 女の仕事か! 比較されない 仕事を目指しました。
専門学校に2年通い、先ずは、基礎知識を学びました。
京都の染の会社に再就職を果たし、着物に絵を直接 描く 仕事を ゲットしました。
スケッチが 修行のすべてでした。
ヌードの女性も デッサン・クロッキーと退社後、皆を説得し、会員を募り、来て頂きました。
師匠は元日展の有名な方でしたので、私の意見には、賛成してくださり、夢を持つ女性たちが集い、みんなで頑張りました。
まだ、着物が普通に着られていた時代でしたから・・・・・・・・
お陰様で 着物の追加注文に追いつかない程の 仕事量に恵まれました。( 本当は有名な先生のお陰 )でしたが。
しかし、首の骨に異常が出たのは、痛恨の極みでした。
まだ、戦中の頃の 生まれですので、骨 には、痕跡が残っており、無理がたたってしまいました。
めまい・吐き気に おソワレ、仕事にならなくなりました。
原因が判らないまま、残念ながら、退社し、数年は年金暮らしの両親に世話になりました。
死ぬんじゃないか! と、事情が判らない母に とても心配をかけてしまいました。
早食いの経緯から、思わぬ事まで書いてしまいましたが、時代によって、その時の常識は変わります。
しかし、先日、元大学のセンセイの忠告で、早食いは高血圧の元になるから、ゆっくり食べるように と聞きました。
運動教室での、こうして、ご意見を伺えるのは幸いな事です。
早食い! とは、気づいていない 無意識さ に、我ながら 呆れております。
食事のたびに、時計を見ながら、カム回数を増やして、早食いのくせになっているのを防いでいます。