夫の体験から | seawinterのブログ

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絵は語りたいメッセージである。自由に想像の世界に遊べば良い。
ブログは内面のスケッチ集である。
ここから 創作へのステージは開かれている。

夫は召集令状で(赤紙ではない)戦地に赴いた。 初年兵でだ。ガーン

 

行き先は ビ ル マ。(現・ミャンマー)

 

昭和19年末から20年初めと聞いている。

 

船にのせられ、イワユル 船底だ。

 

夜は、イビキ で 寝られない。 まだ、寝られないのは、良い方だ。

 

半紙 一枚で、命は き え る 。そして夜の海にドボン・・・・・・・ムキーッ

作り話 って?  (敵は 必ずしも 他国の兵だけでは無い。?)

 

インパール作戦は有名な話として、ときどき小説や映画・ドラマに出て来る。

「ビルマの竪琴」(映画)は白黒・カラー両方を観た。 印象的だった。

 

カラーの方は、夫とともに映画館で  観た。ラブ

 

「軍服、 あんなにきれいでなかったよ !」

 

「靴 なんて、すぐ ボロボロになって、履けなくなってしまった」

 

「草 ながい草を見つけたら、足にまきつけて いたよ」

「そうしないと 歩けないからね」ゲッソリ

 

4月には(4月はじめが私の誕生日)「ジャングルの中を英軍が爆弾落とすから、逃げ回っていたよ」

 

食糧は、現地調達!軍票でお買上げ。 (考えられない~~!)

 

後方支援は無かったの?! 無かったということ。

 

水も ? 現地の水にあわなくて、アメーバ赤痢で 苦しんで亡くなった兵隊さんが沢山。えーん

 

日本は おいしい 水の 宝庫だ。  あらためて 知る。

 

懲りず に 戦争 は 地球上 からは なくならない。

 

弱い 立場 は 子供 と 女性 だ。男性 だって 過酷な戦地に行きたい人は いないのに・・・・・・・・

 

捕虜になって、2年間 赤土 をほり、広い道をつくる仕事を兵隊さん達は やらされた。 (他国を荒らした 償い なのか?)

 

しかし、身体の弱い兵隊さん達は、 亡くなって 逝った。

 

あっけなく、 次々と 亡くなって 逝ったらしい。ムキー

 

自分も 生きて帰れたのが 奇跡 かもと 仲間の死を 他人事と思えないと・・・・・・・・

 

夫が亡くなった 後で、 雑誌に残された 言葉を 見つけた。

 

木の葉天目 を 復元しようと目指したのは、 あまりにも沢山の同輩の死が 受け入れられなかったから、 商売根性 抜きで、 トライしたと書かれていた。

 

彼らへの  鎮魂   ただ それだけを  祈りながら。

 

戦地での 交渉係(経理部) で、商売 を 目標とすれば、 出来ていたかも しれないが。

 

他から見れば、分からないが、 とても根がやさし~い 人 でした。

そして、 夫 としても・・・・・・・・

 

戦後 72年目  記憶も遠くなりましたが、 平和 を有り難く、 心に

悔いなく 生きる事に 精進させていただきたいと思っております。メラメラ