BLUE

BLUE

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!

まず与那国、という島は、


あほ。


これは自分の好きな人のことを、


あの人ばっかでさあ、


と喜んで言う気持ちに少し似ていて、

愛情のとってもこもった

「あほ」

である。


どのくらいあほかと言うと、

道路の看板に




「安全運転、で~じ長生きどお」





と書いてあるほどである。

これは久部良小学校の

オチ君の作品なので

そんなにいってはかわいそうなのだが、

共通語に直してみれば、 



「安全運転、とっても長生き」。 



なんのひねりもない。

それが沖縄弁になったとたん、

喜び、

写真撮影し、

5枚も焼き増しをする

あほが出るのだから、

これだからあなどれん、オキナワ。 





その2 

与那国では、熱帯の地によくある、

大きな青々とした木に

クリスマスの飾りを施したものが

よく見られた。

思わず微笑みを誘うクリスマスツリーだが、

よくよく考えてみると、

もう12月も27日。

クリスマス気分は終わって

正月に向けて、

それも区切りの2000年だし、

気合いが入るころであろう。

それも、本家、とか、

しきたりにうるさい沖縄の中でも

更にうるさい与那国のこと。 


いつまでもツリーの大きなのを

飾っていては、

いつおばあの雷が落ちるか

分かったもんじゃない。

ちょっとこれは心配。

と、客のくせに余計なことを質問してみる。

すると 



「沖縄は旧暦が多いので、

 正月も旧暦で祝う。

 その旧正月まではクリスマス気分でいる。」



と言うのが与那国の言い分らしい。

そうなんだ・・・

といったんは納得したものの、

ふと振り返ると

同じ家にしめ縄を飾っていたりもする。

正月気分にもなろうとしているのではないのか!?

どっちなんだ! 


やっぱり与那国、あほである。 










2006.09.20

記念すべき2000年の夜明けを

一人でむかえることとあいまった今回の旅行。


その始まりの日の朝は、

珍しく12月にしては汗ばむ暖かな陽気。

10時半の飛行機に乗るのに、

8時に起きて来て、荷作りを始める。

これは単に行き先も、

飛行場も近いゆえの行動であろうか。



飛行場に向かう車の中で

全財産を入れた財布を

家に忘れた事に気づいたあたり、

かなりののんびりと思われる。

石垣に住んでから飛行機出発、

5分前集合は当然の事となりつつあるが、

今回も然り。

わたしのすぐ後ろで搭乗手続きは終わった。 






与那国島。


日本最西端の島、




そんな沖縄中毒患者にはたまらない

響きを持つ島に向かうというのに

心が弾まない。

近いからか?

一人旅だからか?

でもそんな思いは一瞬にして消え去る!

なぜ!?

今、ワタシの目の前にある小さな物体

それはまさしく、


「プロペラ機」


だ!

たしか少し前にプロペラ機も

すべてジェット化し、

傍目には寂しさを覚えたものだったのに!

ジェット化は?

もしかして、搭乗人数多すぎて、

残りはプロペラ、とか!?

傍目には寂しくても

いざ自分が乗るとなったら話は別だ。

なんてことだ。

朝から年賀状書いてる場合ではなかった。

1900年代最後の旅行で失敗か!!

と心配していると反対の方向から声が聞こえる。 



「与那国行きの人急いでください!!」 



そこには大きな(プロペラ機に比べて)

ジェット機が!

うれシ~サ~っ!!!




意気揚々と機内に乗り込み、

マンゴーキャンディを2個取り、

席に座る。

それから着過ぎのジャケットを脱いで、

靴も脱いで、マンゴキャンディを口に入れ、

すぐ噛んだからもう一個入れ、

もっともらえばよかったと後悔して、

ヘッドホンついてないけど、

機内プログラムをチェックして、

落ち着いてきたから、

コーラルウエイを開いて読み始めると

「当機はまもなく…」

のアナウンス。

近いんだね、与那国、

改めて実感したが、

今は石垣よりも台湾に近い空を

漂っているとは思えなかった。 






今回のたびの目的、それはただ一つ、 




「ハンマーヘッドシャーク」 




アカシュモクザメ。

体長1~1.5M。

与那国島でよく見られる。

11月~4月の時期、

多い時は50~100匹の群れに

出会うことができる。



出会わずにいられないでしょう。

東京から、那覇に飛んで、

那覇から石垣に飛んで石垣で一泊して、

一日一便の与那国行きの飛行機に

乗り込むのとはわけが違う。

東京から来てハンマーが見られなくても 


「またくればいいサ~」 


…とは言わないか、 


「またくればいいジャン。しょうがないジャン」 


で済む話だが、

一応今のワタシの立場としては

ハンマー君とおんなじ沖縄県人。

仲良くやろうよ、といった趣なのである。


さて、そのハンマーに会えたかどうか

そして与那国の海、

どなんぬ海はいかるものか、

それはいわないでおこう。

見た人、

入った人、

酔った人、

放り出された人、

にしかワカンナイよ!

といったら怒られるから後で述べる。 













その4:

これは1999最後の夕日を

日本で一番最後に見る!

と意気揚々と与那国に旅立ったものとしては

非常に言いにくい話だ。

しかしこれがこの与那国のたびの

一番の思い出となるほど笑えたし、

やっぱりドアホだ、与那国。

と思えたことであった。



というのも、

今まさに1999から2000に変わる

と言う瞬間の

、カウントダウンに失敗したからだ!

世紀の大イベント、

などと銘打っておいて、






『日本で一番最後の夕日を見よう!』






というツアーも組まれてる地で

そんな失敗が起ころうと、

誰が想像しただろうか!?







「さあ、それでは2000年に向けてのカウントダウンです。・・・あ」







この司会者の、この、あ。

この「あ」は一生わすれない。


10から1までカウントダウンする中に、

「あ」

と言う言葉は入っていない。

なんの


「あ」


なんのための


「あ」


なんだ!






たとえ、カウントダウンをしようとした時、

すでに特設した巨大時計が

2000年の12時を過ぎていたとしても、



あ


と言わずに、

スマートにカウントダウンするくらいの

心の余裕を持ってほしかった。

司会者には。





この厳しい仕打ちをやり過ごすには、

与那国だから時差があるんだ、

と自己暗示をかけて納得させるしか

すべはなかった。







こんな与那国で

わたしの2000は幕を開けた。

2100年を祝うことはきっとないはずなので

このような幕開けは2度と体験することは

出来ない。。




そしてわたしは、

この幕開けに多いに満足している。

素敵なダ~リンと、

摩天楼で幕開けを迎えるより、

自宅でおこたにあたりながら

迎える幕開けより、

ゴ~ジャスなパーティで

シャンパンを浴びながら年を開けるより、

何よりも、

このアホな幕開けは

自分らしかったと思う。



アホに、アホと言われたくない!!!

と、与那国は怒るかもしれない。

でも、このどこか抜けていて、

だけど憎めない、

そんな沖縄だからこそ、

強く、とても強く惹かれ、

飽きることがないのであろう。




愛すべき与那国のことを、

散々アホアホ言ってきたが、

一番アホなのは誰がなんと言おうと、






結局はハンマーヘッドシャークを見逃した私だろう。





(あきらめてもぐるのをやめた最後の一本にハンマー50匹ほども群れが出ました・・・)