前にも書いた記憶があるが、バーさんの父は、生前、長いこと趣味で小説を書いていた。
本人は、生前から女房(わたしの母親)とは対照的に、奥ゆかしく! 寡黙であったが、
その小説に理解をあまり示さなかった母親は、いつも、小説の内容が生ぬるい! と、
酷評していた。
でも、たまには、新聞の書評などに取り上げられて、褒められたこともあったのだから、
そんなにめちゃくちゃな小説を書いてたわけではないだろう、とは、子であるバーさんは思っていた。
が、結局、父の夢であった芥川賞は、夢のまた夢で、とれなかったので、 父は、
「文学青年(老年)」扱いのまま、80代後半で死んだ…。
カメラの趣味もあって、そっちでは受賞したこともあったのだが。
母は、よく、「ミカン箱1つで、趣味ではなく、命かけて書くぐらいじゃなきゃ、賞(芥川賞)なんか、
取れるわけないでしょっ! 」と、父に向って言っていたもんだ。
3人の子供がいるのに、母も勝手なことを言うよねーーー。
が、仲間に、命かけてた、父と仲のよかった、「くまさん」 ってのがいて、
マジに、ミカン箱で執筆してたらしい。小屋のような家があったらしい。
そういうのをカッコいいと、思ってた時代だったのかも。で、うちにもよく遊びに来てたけど
母はその人嫌いではなかったようで、なんかよく食べさせてたよ!!!
その人はそのあと、少しだけ、売れるようになったんだってさ。ははは!
まあ、父は、何を言われようが、怒らない人だから、
母は、いつも、「怒りがいがない…」と、言って、怒っていた!
そして、日曜日は、文学仲間の集まりに、母に何を言われようと、ライカもって出かけて行ったもんだ。
なんせ、文学仲間のカメラ撮影担当だから、欠席はできんのだな。お偉い大先生もいるんだから!
女流作家なんかも、いるだろうから、そりゃー、大変だったと想像するが、ああああああー
もう、忘れた。
母は、父に、ライカなんか買って、おだてられて小間使いみたいに使われている! と、
そーゆーところでも怒っていた! とってきたフィルムを暗室で焼き付けてみんなに後日
無料で配るわけだから、母が怒るのは当然かもです。 当時はデジカメはないのよっ!
フィルム買うのよ! 印画紙もね。 現像液だっているんだから。
でも、馬耳東風だったね。父は全然平気だった。ただただ、暴風雨が過ぎ去るのを待ってたね。
おっと、道がそれてしまった。もとい!
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今朝、こんなんをネットで見つけた。
ヒマに任せて、さっき、「○○君(←父のことをバーさんは名前で呼んでたので)、ネットに名前載ってない
かな~」と、文学系のワードを加えて検索したら、なんと、ヒットしたのよ~~~!
バーさんが小説の題名だけうっすら記憶があったので、間違いないと思う!!!
ほんの少しは、芥川賞の釣り針にひっかかる可能性があったのかも!
ひっかからなかったけどね!
家庭内で、あまり評価されなかった、父の趣味の小説だったわけだけど、
なんとなく、それなりに、いいとこまで行ってたじゃん! と、褒めてあげたい!
これ見たら、喜んだろうなと思うな~。 父の名前、かなり上の方に書いてあるしーー。
これって、親孝行したことになるかな??? なんか、うれしい。![]()
芥川賞の候補者の候補者の候補者ぐらいには、なっとるでーー!
使いみちのあまりない、血赤珊瑚の枝の使い方を考え中。 ブローチでござんす。


