正直ずっと不安だった。
アナ雪2の出来が悪かったらどうしよう。
いや、出来が悪いだけならまだいい。
1作目を観てからアナ雪を好きになり、それから5年半も続編が公開されるのを毎日のように楽しみに待ってきた。
でもその『アナ雪を好き』という気持ちまでも消えてしまうような作品だったら…。
それを受け入れる事はできるだろうか。
しかし結論から言えばこれらは完全に杞憂であった。
大傑作。
というか脚本、音楽、映像、役者どれをとっても現状最強レベルの映画が出来上がっている。少し怖いくらいだ。
とはいえ観た人の中では色々府に落ちない点が目立ってガッカリした方も多かったのではないだろうか?
かくいう俺も正直受け入れるのには少しだけ時間がかかった。
それはある理由があって仕方ない事なのだ。
何故なら日本語版では重要なキーワードが翻訳される際に抜け落ちてしまったからだ。
アナ雪1で言えば「真実の愛が凍った心を溶かす」くらい重要なキーワードが抜け落ちてしまっている。
なのでそのキーワードを元に
「何故エルサは凍ったのか」
そして 、
「最後のアナの行動に隠された本当の意味とは何だったのか」
この2つを主な軸として批評していこうと思う。
それではその重要なキーワードとは何か早速見てみようと思う。
それは子守唄の最後の一文だ。
『When all is lost,Then all is found』
全てを失った時に全てが見つかる、
という意味だ。
ここにエルサが凍った理由がある。
これだけでは分からないかもしれないのでどんどん説明していこう。
まず大前提として、 エルサは自分自身に呼ばれてアートハランの地に来る事になる。
ずっとエルサを呼んでいた謎の声は、元々母イドゥナが父アグナルを介抱しようと助けを呼んだ時に発したものだ。
それを利用してエルサを呼んでいたのだろう。
そして呼ばれたエルサはアートハランで本当の自分を見出す事になる。
だがこのアートハランという場所が実は結構な曲者なのだ。
子守唄の歌詞にはこんな内容が含まれている。
『But not too far or you'll be drowned:でも奥へ行きすぎてはダメ。溺れてしまうから』
アートハランでは奥へ行けば行く程真実が見えてくるが、奥へ行きすぎると溺れてしまうのだ。
これは作中何回もエルサに警告されている。
母やアナが子守唄を歌ってくれるし、「 子守唄ってなんで脅し文句があるんだろうね」とハニーマレンと一緒に子守唄を歌う時もちょうどこの部分である。
そしてエルサが最深部に飛び降りる寸前にもダメ押しでこの部分が警告として聞こえる。
それでも真実に辿り着くために、エルサは危険を承知で飛び降りていく。
だから全ての真実に辿りついたエルサは、その代償として溺れてしまった(凍ってしまった)。
つまり真実を全て見つけたが故に自分の命を失ってしまったのだ!
全てを失った時に全てが見つかる。の歌詞通りだ。
全ての真実を見つけた者はその瞬間全てを失ってしまう。
しかし、エルサはこの事を多かれ少なかれ事前に覚悟していた。
子守唄が脅しではないと知っていたからアナとオラフを途中で帰したのだ。
二人を危険な目に遭わせないために。
特に両親がアートハランを目指す道半ばで亡くなってしまった事を知った直後では尚更連れて行く訳には行かない。
実際アナとオラフがついて来ても足手まといにしかならなかっただろう。 一見自己中心的にも思えるこのエルサの選択は正しかった。
そして、この時にエルサは既に真実を見つける過程で自分の命が無くなる事を覚悟していた。 だからこそオラフは怒ったのだ。
「エルサが僕にさよならも言わないで別れるなんて」
この『別れ』が一時の別れではなくて、今生の別れである事にエルサから生まれたオラフは気づいていたのだ。
もう二度とアナとオラフには会えないかもしれない。
だからこそ最後にエルサは二人を強く抱きしめる。
そしてここでエルサと別れる直前アナは「エルサを失いたくない」と言う。 実はこの台詞がとても重要である。
何を隠そう今回のアナ雪2理解をする上で 「失う」という言葉はメチャクチャ重要なのだ。
本作の台詞や歌の中でも繰り返し使われている。
実はアナは今作で恐れているものが1つだけあるのだ。
それは、
家族と故郷を失う事だ。
残念ながら本編には入らなった未収録曲でHOMEという曲がある。この曲はアナのソロで彼女が自分の家族と故郷に対する想いを語る歌だ。
その中でこんな事を歌っている。
『If I lost them.I 'd lose me: 家族や故郷を失ったら自分まで見失ってしまう!』
ただ、この曲が無くてもアナがどれほど家族や故郷を愛しているかは既に充分伝わっているだろう。
愛するもの達を絶対に失いたくない。
だからアナはエルサの旅についていくと決めてからずっと、過剰なくらいエルサから目を離そうとしない。
クリストフが「もし俺らが死んだとしても」という仮定法を使っただけでアナが
「死んじゃうの!? ダメ!」
と反応していたのもこのためだ。
しかしエルサを失いたくないと必死にエルサの傍から離れないように努めていたアナだが、エルサは遂にアナを引き離して1人で旅路の先へと進んでいってしまう。
この時マティアス中尉が言っていた通りアナは物理的に『別の道』に放り込まれる事になる。
そして目の前でオラフがただの雪へと還っていく中悟ったのだ。
エルサは死んだと…。
アナが最後に歌うTHE NEXT RIGHT THINGの中にこんな歌詞がある 。
『wispers in my mind……You are lost.hope is gone.but you must go on: 私の心が囁くの。全て失ってしまった。もう希望は無い。……それでも前に進めと』
彼女の努力も虚しく、一番恐れていた事が現実のものとなってしまったのだ。
唯一の家族であるエルサ、そして2人の思い出の証であるオラフを失ってしまった。
1人残されたアナは一晩中泣き明かす。
どれほど悲しかっただろう…。
アナは小さい頃に姉のエルサと引き離されてしまった。
そして両親までも失い1人孤独に生きてきた。
ようやく見つかったと思った自分を愛してくれる存在には裏切られ、殺されそうになる。
自分の身を挺する事でやっと助けた姉を二度と失わないようにとぴったり離れずについてきたが、再び引き離されて結局姉を失ってしまう。
せっかく長い冬の時代を超えて幸せな日々を手に入れたのに、3年という短い期間で終わりを迎えてしまった。
私の人生ってなんだったんだろう。
そんなアナに更に追い打ちがかかる。
絶望の中で目の前に見えた、次に自分ができる正しい事が、、、
あろうことかアレンデールまでも失う事なのだ!
ダムを壊したらアレンデールは綺麗さっぱり洗い流されてしまう。
自分の両親、姉、オラフ、彼女らと歩んできた故郷が思い出と共に流されてしまうのだ。
何て皮肉なんだろう。
どうしてこの姉妹はいつも悲劇に遭ってばかりなのだろう。
ようやく悲劇を乗り越えてエルサと一緒に暮らす事ができていたのに、 必死に姉から離れないようについて行っていたのに、 突然別の道に放り込まれ、流されるだけ流された先で落ちる所まで落ちていったと思ったらそこは出口の見えない真っ暗闇。 オラフはもういない。
希望の灯も消えてしまった。
そしてやっとの思いで立ち上がって歩いていき、出口から見えたのは切り立った崖。
しかしアナは断崖の切っ先に立ち悲痛混じりに叫び声をあげるのだ。
「今できる正しい事をやろう」…と。
そして、ダムを壊す。
アナは家族に加えて故郷も失ってしまった。
……と思ったその時。
遠くの地アートハランでエルサが生き返ったのだ!
そしてエルサはアレンデールを津波から救ってくれる。
母がかつて敵であった父を救うという正しい事をしたご褒美にエルサが与えられたように、
アナが正しい事をしたご褒美に再びエルサが与えられたのだ。
しかし霧が晴れて周りの皆が喜びに溢れている中、アナだけは浮かない顔をしている。
エルサもアレンデールも失ったと思っているからだ。
そんなアナを風の精霊ゲイルがエルサの元へと導いてくれる。
エルサは微笑み、アナに語り掛け教えてくれる。
アナがエルサを助けてくれた事、アレンデールが無事であった事、そしてアレンデールはこれからもアナの元で続いていくに値すると認められた事を。
実は精霊達はみんな最初はエルサ一行を試してくるが、それ以降はさりげなく旅を導き見守っていてくれたのだ。
オラフが消えていった時もしっかりとついてきて見ていてくれた。
その後のアナの叫びと、アナの行動もしっかり見ていてくれたのだろう。
ここでもう一度子守唄のラストセンテンスを見てみよう。
『When all is lost,Then all is found』
アナ雪1では『真実の愛が凍った心を溶かす』の文言通り、
凍らされたアナは最後自らの愛で氷を溶かすし、
エルサもアナの愛によって恐れという名の凍った心が溶ける。
同様に、
アナ雪2では『全てを失った時に全てが見つかる』の文言通り、
エルサが真実のために自らの命を失い、
アナが正しい事のために自ら全てを失う選択をした時に、
過去の真実が明らかになり、
アナが女王として歩む道が見つかり、
エルサが自分の存在意義を見出すのだ。
アナは人生で一番辛い時に、足を引きずりながら、壁に寄りかかりながら、涙を流しながら、正しい事をするために一歩一歩前に進んでいった。
アナのこんな素晴らしい一面を見せられては精霊達が認めるのにも異論は当然無いし、クリストフが惚れるのも無理はない。
アナは本当に素敵な女性だ。
俺もクリストフの事を少しだけ羨ましいと思ってしまった…。
そしてこのクリストフもまた今回のハッピーエンドに不可欠な存在だった。
確かに自分の身を挺してまで真実を突き止めたエルサ。
自分の大切なものを失ってでも正しい事をしようとしたアナ。
そんな彼女らに比べたらクリストフの悩みは些細な事だったかもしれない。
彼が踏み出した一歩は小さかったかもしれない。
でもそんな彼の一歩には重要な意味があるのだ。
クリストフが歌うLOST IN THE WOODS は少し他の楽曲とは毛色が違う。
1作目からそうだったがアナ雪はミュージカルパートを主にストーリーを展開していく上での加速装置として用いていた。
歌の中で物語がどんどん前に進んでいくのだ。 それもミュージカルに頼らなければおおよそ無理なスピードで。
そして曲はあくまでも加速装置に徹していたからこそ1作目2作目どちらも共通してクライマックス以降は曲が用いられていない。
普通のミュージカルならクライマックスからエンディングにかけて歌とダンスで終わるが、アナ雪は物語重視なのだ。
だが、今作ではクリストフが歌うこの曲の最中だけ物語が進まない。彼がただその場で恋の悩みを歌い上げるだけなのだ。
でも時が止まっているからこそエルサやアナがどんどん進んでいく中、彼だけはまだその場で足踏みしているという事が上手く表現されている。 クリストフはこの曲の最後でアナからの『しるし』を求めている。
もしかしたらアナが断崖の切っ先で上げた悲痛な叫びがその『しるし』だったのかもしれない。
夜通しかけてアナに追いついたクリストフは叫び声を聞いてすぐにアナの元へと向かう。
そして、
「お待たせ。何かできることある?」と尋ねる。
これはディズニーが描く新しい男性像である。 アナ雪1作目では、受け身な女性像からの脱却があったが、
アナ雪2では引っ張っていくべき男性像から脱却している。
俺についてこい!
ではないのだ。
アナはどんどん前へ前へ突っ走ってしまう性格だ。
でもそんなアナに「なんで先に行ったんだ」 なんて言わずに、「お待たせ」と言う。
お前が進みたい方向に進んでいいよ。俺も必ず追いつくから。そしてそこで俺ができる事をするから。
クリストフ…!
なんてイケメンなんだ!
現にクリストフが踏み出した小さな一歩が無ければアナはアースジャイアントに踏み潰されていたし、エルサも生き返らなかった。
もっと言えば、父アグナルと母イドゥナもクリストフみたいにどこかでこの小さな一歩を踏み出したからこそ2人は一緒になり、その結果エルサとアナも生まれたのだ。
だからエルサやアナの一歩に比べてクリストフのそれは小さいかもしれないが、間違ってもくだらないものや、無意味なものでは決してない。
アナが女王になった後もクリストフとは上手くやっていけるだろう。
力不足ながらも正しい事をしようとするアナ。 そんなアナに後から追いついて助けてくれるクリストフ。
何より2人共、お互いの欠点を知った上で包み込む愛を持っている。
そしてもう1人女王になったアナを支えてくれる存在がいる。
マティアス中尉だ。
彼の劇中最初の台詞はこうだ。
「お前らから先に攻撃してきたんだ。いずれ真実は明らかになるぞ」
自分達が正しい。それだけを心の支えにずっと生きてきた。 でもアナから聞かされた真実はそれとは真逆だった。
普通の人だったら30年以上も信じて心の拠り所にしてきた真実に裏切られた時に、それをすんなり受け入れられるだろうか?
でもマティアスは受け入れる。
常に備えていたからだ。
別の道に放り込まれた時に正しい方向へ1歩ずつ踏み出す事を彼もまた父から教わっていた。
ダムが壊れた時に落ちていくアナをマティアスとクリストフの2人で引っ張りあげる。
マティアスがいてくれなければ、
真っ先に彼女の手を掴まなければ 、
アナは奈落の底だった。
この様にマティアスもまた、クリストフと共にアナ女王を支えてくれるからアレンデールは一層安心だろう。
その後アナが戴冠し、女王として最初にしたのは幼少期の母イドゥナと父アグナルが手を繋いでいる像をお披露目する事だった。
この像があった場所は冒頭で歌うSOME THINGS NEVER CHANGEの曲の中でエルサがアレンデールよ永遠にと国旗を掲げていた場所だ。
(この国旗は序盤で地震大嵐が起きた時に吹き飛んでいる)
このアナの行為は国としての重大な意味がある。
かつてルナード国王は剣を振り下ろす時にこう言った。
「アレンデールのために」
アレンデールの事しか考えていない結果がこの数十年にも渡る悲劇であった。
だからこそ自分の国以外も考えた上で統治していく意思を明確にするために、アレンデールとノーサルドラを最初に結んだ2人として父アグナルと母イドゥナの像を建てたのだ。
2人の育んできた愛はこの様な形で、
『いつまでも変わらないもの』として残り続ける。
これにはゲイルも大変満足していたようだ。
この一事を持ってアナがどれほど良き女王かがうかがえる。
これからはアレンデールとノーサルドラは仲良くやっていけるだろう。
ダムはアレンデールとノーサルドラを結ぶ『橋』として贈られたが、実際は違った。
その両者を結ぶエルサとアナがこの世に生まれた事こそが本当の『平和の贈り物』だったのだ。
これでようやく分かる。
何故エルサに与えられた力が氷の力だったのか。
それはノーサルドラを救うため、
アートハランに留まる水の記憶を呼び覚ますのに氷の力が必要だったからだ。
そしてもう1つ。
正しい事を行う者によってダムが壊された時に、押し寄せる津波からアレンデールを救うためだ。
どれほど嬉しかっただろう…。
小さい頃にアナを傷つけてしまい一緒にはいられなくなってしまった。
なんで私だけ…
アレンデールを、そしてその国中の民を寒さで襲ってしまった。
こんな力さえ無ければ…
両親は自分の力の秘密を探るために海の底へと沈んでいった。
この力は呪いでしかない…
『I can`t control the curse!:私はこの呪いの力をコントロールできないの!』
これは
FOR THE FIRST TIME IN FOREVER(REPRISE)の歌詞の一部である。
でもずっと呪いだと思っていたエルサの力は、
人を傷つける事しか無かった氷の魔法は、
人々を助けるために与えられた祝福だったのだ。
エルサは今回の旅の終着点でそんな自分の存在意義を見出す。
SHOW YOURSELFでエルサが、
「見つけたー! 」
と叫ぶ時、本当に、本当に嬉しそうで、
なんだかこっちまで…
もちろんエルサの氷の魔法がノーサルドラやアレンデールを救ったのは確かだが、エルサの力だけでは足りなかった。
何の力も持たないアナの小さな勇気があればこそ最終的に全て救えたのだ。
アナ雪1でもエルサを救ったのはアナの小さな愛だった。
本当に小さくて些細なものには、どんな強力な魔法にも勝る力がある。
思えばアナ雪シリーズがずっと描いてきたのはこういう小さな事柄だった。
王子様と結婚するだとか、
つらい事が何も無く一生を贅沢に暮らすだとか、そんな空虚で大きな幸せではない。
温かくて小さな幸せ。
人生の一番都合の良い部分だけ切り取ってハッピーエンドではない。
別れは必ず来るし、作中クリストフが言うように死さえも必ず訪れる。
それでも終わりが来るからこそ何気ない日々の営みは尊いんだ。
幼い頃に一緒に雪だるまを作った事。
誕生日会を開こうとしたが失敗してしまった事。
クリスマスに皆でスケートを滑った事。
夜に集まってジェスチャーゲームで遊んだ事。
今振り返るとこんな些細な事が全て、何ものにも代えがたい幸せな時間だった。
今はエルサとアナは離れてしまったけど、心はずっと1つに繋がっている。
エルサはアナにその事をしっかりと伝えた。
「橋の袂は2つ。これからも2人で一緒に」
橋の両端は一見遠く離れているように見えるが、実は1つに繋がっている。
これからもお互い離れた場所でずっと『2人で一緒に』平和の橋渡しの役割を担っていくのだ。
そしてこのアナとエルサの姉妹愛の物語は両親の像と同じく、
『いつまでも変わらないもの』としてずっと語り継がれていくだろう。
童話として、神話として。
もしそれでも今受け入れられない変化があるなら、オラフの歌にあったように自分の人生を歩んでいき、年を重ねていく事で少しずつ理解していく事ができるのではないだろうか。
アナ雪2を観た事で、
あらゆるものがガラリと変化していくこの秋という短い季節を、
少し愛しく想えるようになった。
そして俺はもう一つだけ、
いつまでも変わらないものを見つけた。
『アナ雪を好き』というこの気持ち。