1番好きな映画は何ですかって聞かれると俺は
『アナ雪』
って即答する。
映画好きで脚本家目指してる上、男なのに1番好きな映画がアナ雪なのーw
と良く言われるが、
違うんだ。
脚本を勉強してるからこそアナ雪が好きなんだ。
とは言え、そういう風に思う人の気持ちも分からない訳ではない。
アナ雪は世界興収12億7千万ドル。これは当時の映画史上5番目に高い数字であった。
日本での興収は255億でこちらも日本史上3位である。
そして空前のレリゴーヒット。
にもかかわらず映画自体の評価としては音楽や映像は素晴らしいが脚本が微妙という声が散見される。
しかし俺の意見はまるで違う。
脚本が素晴らしいからこそ、ここまでヒットしたのだと思う。
音楽や映像が良いだけで売れる程映画は甘くない。
では何故ストーリー自体はあまり評価されていないのか。
それはかなり高度な脚本であるため複雑な内容を理解するのが難しいからだろう。
具体的に言うと、この話の肝である
『アナの氷が溶けた理由』
と
『エルサの呪いが解けた理由』
この2つが理解できないと物語全体を理解できない。特にエルサの涙でアナの氷が溶けたなどと曲解していては一生アナ雪の良さに辿り着けない。
なので今回はこの2点を主軸にアナ雪の批評をする。
いきなり答えを言うが、
アナの氷を溶かしたのは
『真実の愛である』
そんなんこの映画を観た誰もが分かる。
問題は真実の愛とは何なのか?
である。
これを理解するために少しディズニーの歴史を振り返ろう。
(ちなみにこれから本文で出てくる愛という言葉は恋愛における好きとは区別して使っている)
かつてのディズニーはシンデレラ、オーロラ姫、白雪姫など、お姫様が王子様と結ばれる話が多かった。それは女性の幸せとは男に見初められる事。
男性から『愛される』事こそ女性の幸せなんだと描かれてきた。
特に白雪姫やオーロラ姫では王子様のキスが『愛』の印とされてきた。
今の人達はこんな事を言われたら怒るのではないだろうか?
時代が変わればモラルも変わる。
そこでディズニーがずっと言い続けてきたこの幸せの定義を根幹から壊したのが何を隠そうアナ雪なのだ。
アナは王子のキスがあれば自分の氷った心が溶けると信じてハンスのキスを求める。
しかし、ハンスはアナを裏切りキスをせずにアナを殺そうとする。
そこでアナは気付く。
クリストフのキスこそ真の愛なんだ!
でも結局クリストフのキス無くして氷は溶ける。
そう、エルサが抱きしめた事によりエルサの愛でアナの氷は溶けたんだ!
…実はこれも大外れである。
エルサの愛でアナの氷が溶けたというのは大きな落とし穴でこう勘違いしている人は本当に多い。
じゃあエルサの愛が違うなら何でアナの氷は溶けたんだよ!
…それは、エルサに対するアナの愛である。
アナ自身の愛がアナの氷を溶かしたのだ。
終盤でアナは2つの選択肢を迫られる。
1クリストフの元へ行きキスで氷を溶かして貰う。
2自分の身を呈してエルサを助ける。
分かりやすく言い換えるとこうである。
1エルサは犠牲になり自分だけ助かる道。
2自分は犠牲になるがエルサが助かる道。
クリストフの元へと向かうアナ。
今にも氷つきそうで一刻も早くクリストフからキスしてもらいたいアナ。
だがそんなアナの視界に入ったのはハンスに殺されそうになっているエルサ。
逡巡したアナは、エルサの身代わりになるべくハンスとの間に割って入る。
アナは先程の選択肢の2
自分を犠牲にエルサを助ける道を選んだのだ。
更にこの選択肢を言い換えるとこうなる。
1自分が人から愛される道
2自分が人を愛する道
アナは愛される道ではなくて、
愛する道を選んだのだ!
『私のために自分を犠牲にしてくれたの!?』
とエルサに聞かれ、原語ではアナはこう答える。
『I love you』
それを聞いていたオラフが気付く。
『真実の愛が氷を溶かしたんだー!』
今までのディズニーは『愛される』事を描いてきた。他力本願で受け身な愛である。
でもそれは違う。
主体的、能動的にまず自分が『愛する』
それこそが氷を溶かす真実の愛だったのだ。
最後アナの方からクリストフにキスするのも女性が受け身の愛から脱却した事を良く表している。
このように女性の描き方の変革が起きたのは、アナ雪を作ったジェニファーリーが女性としてディズニー史上初の長編アニメーションの監督だからでもある。今までのディズニーは体制も古く、男性の監督しかいなかった。だからこそ偏見のある女性の幸せを描きがちだった。
もちろん批評はこれで終わりではない。
むしろここからが本番だ。
まずアナの話からしたが、今回はディズニー初のダブルヒロイン。主人公が2人なのだ。
アナが最終的になぜ真実の愛に辿り着けたか。
それはエルサの視点で見ていけば明らかになっていく。
そしてエルサの話をするためには、その前にもう1人の重要人物の話をしなければならない。
オラフである。
彼はどんな存在で物語としてどのような役割を担っているのか。
話の中でとても重要な位置を占めている。
実はオラフはエルサの『本心』を具現化した存在なのだ。
一応気付かなかった人のために補足するとオラフはいつ生まれたかというと、エルサがLet it goを熱唱している時に自分でも気付かない内に作り上げたのだ。
この言わずと知れた大ヒット曲Let it goであるが、素晴らしい点はまず心理描写だろう。
普通ミュージカルにおいての歌詞とは歌い手の本心である事がほとんどだ。
恋する相手に表面上ではそっけない態度を取るが、ミュージカルパートが始まりその中で『あの人が愛しいラララ~♪』と歌えば相手の事を好いているというのが本心だ。
ではこのLet it goで歌われている内容は本当にエルサの本心なのだろうか?
脚本を学ぶ際にはまず、
好きという感情を表現したいなら嫌いと言わせるという事を教えられる。
例えば小学生の男の子が同級生に『○○ちゃんの事が好きなんだろー?』とからかわれた時に
『うん、好きだよ』って言わせるよりも『は? あ、あんなキモい奴の事なんか全然好きじゃねーし』などと、正反対の事を言わせる方が好きという事がよっぽどリアルに伝わるだろう。
Let it goもこれに近い。
本心と正反対の事を歌っている。
この歌の中では色々と歌われている。
『もう他の人がなんと言おうと1人で好きに生きていく』
『もう2度と涙は流さない』
『少しも寒くないわ』
だが、これらはエルサの本心ではない。
つまり、痩せ我慢だ。
その根拠となるのがオラフの存在なのである。
日本語で観るとオラフはこんな台詞を言う。
『ぎゅーって抱き締めてー』
これは英語ではこういう台詞になっている。
『I like warm hugs』
直訳するとこうである。
『僕は暖かく抱き締めるのが好き』
この台詞を見てピンときただろうか?
『少しも寒くないわ』と言いながら作り上げたオラフは、暖かさを求めているのだ。
オラフが暖かく抱き締める事の他に、夏や火に憧れているのも同じ理由である。
そして抱きしめる事は1人では決してできない。
1人で生きていく。寒さなんて平気。
そう気持ち良く歌いあげる内心でエルサは人を、暖かさを求めているのだ。
アナはエルサの城に向かう途中にこんな事を言う。
『1人が好きな人なんていないわ』
普通に見ていたら聞き逃してしまうような台詞だ。
でもこの台詞はアナの口から出てくるからこそ重みがある。
長年1人でいたアナはFor the first time in foreverを歌いながら、一見楽しそうに凄まじいまでの1人遊びを披露する。
そんな1人遊びを極めているアナの口から1人が好きなんて人はいないという台詞がさらっと出てくるから説得力があるのだ。
綺麗な城を造り上げたエルサだって1人が好きな訳がない。
他にもオラフにはエルサらしさが溢れている。
誰かのために頑張ろうとするが結局失敗してしまう所。
そして何よりも、アナの事を愛している所だ。
誰よりもアナを愛しているエルサから生まれたオラフだからこそ、最後の最後にアナに本当の愛を伝える事ができたのだ。
ここで大事なのは、
オラフが伝えたのはエルサがアナを愛しているという『事実』ではないという事。
『愛そのもの』を伝えたからこそ価値がある。
凡百の脚本家なら、
エルサは自らの魔法で2度とアナを傷つけないためにアナと距離を置いていたんだよ。
と、エルサがアナを避けていた理由が愛である事実を、オラフがアナに伝えただけで和解してハッピーエンドにしていただろう。
でもそれではエルサの呪いは決して解けない。
良かったエルサは間違ってなかったのね、
それならこれからは一緒に暮らそう。
こんな条件付きの愛なら、エルサは余計にこれから先間違いを犯さないようにと恐れて暮らさなければならない。
失敗していないからと一緒にいてくれる人は、一度失敗したら離れていってしまうからだ。
エルサに必要なのはそんな陳腐な条件付きの愛ではなく、無条件の愛なのだ。
そしてその無条件の愛そのものを伝えるのが、オラフである。
それはどのように伝えたのか、
幼い頃からエルサに拒絶されてきたアナは誰かに受け入れてもらえる事をずっと望んできた。
だからアナが愛される事を望むのは凄く自然な事である。
しかし、ようやくハンスという自分を愛してくれる存在に出会えたと思ったら、裏切られてしまう。
今にも死にそうな所を見つけてくれたオラフにアナはこう言う。
『私が間違ってたの。もう愛がなんなのか分からない』
私が間違ってた。
この台詞を素直に言える人がどれだけいるだろうか。
でもアナは素直に言う。アナの素晴らしい所だと思う。
そのアナにオラフは優しく言葉を返す。
『愛ってのは、自分よりも誰かを想ってあげる事だよ』
そしてこう続ける。
クリストフのように。
今までは愛の象徴とされてきた、キスでアナを救う事なんてしなくてもクリストフの愛は認められたのだ。自分よりもアナの事を想っていたから。
そしてオラフがアナに愛を伝えた方法はこれだけではない。
自らアナを愛する事で伝えたのだ。
燃え盛る暖炉に自分より一回りも二回りも大きなアナを担いでいく。
自分は火に近づくと溶けてしまうのに。
オラフが溶ける事を危惧したアナは心配する。
でもオラフは優しく語りかける。
アナのためなら溶けてもいいよ。
これがエルサの愛である。
アナのために自分が部屋に閉じ籠ったように。
アレンデールのみんなのために1人孤独に自分のお城に閉じ籠ったように。
自己犠牲の愛。無条件の愛。
だから最後にアナは選択を迫られた時に自分が助かる道ではなく、自分を犠牲にエルサを助ける選択ができたのだ。
道を間違えてもうどうしていいか分からない自分をオラフが無条件で愛してくれたように、
自分を拒み続けたエルサを無条件で愛する道を選ぶ。
エルサの自己犠牲の愛は、決して無駄ではなかった。
そのエルサの愛はオラフを通してアナに伝わる。
そしてその伝わった愛を用いてアナはエルサを愛する選択をする。
誰にも見せずにいたエルサの愛は巡り巡ってエルサの元にちゃんと戻ってきたのだ。
驚くべきことにオラフがしたのはこれだけである。
アナを担いで暖炉の前に運んだ。
それだけなのである。
ここに愛というものが如何に小さくても価値があるかが描かれている。
他のディズニー作品を思い出して欲しい。
ディズニー作品にはしばしば人間ならぬ異形の存在が登場する。
ピーターパンは空を飛べるようになる魔法を使えるし、
ジミニークリケットは時を操れる。
ジーニーに関しては何でも願いを叶える事ができる!
しかし、オラフは、
何もできないのだ。
何もできないけどアナを愛している。
エルサのように。
これがオラフがエルサの本心たる証左である。
アナ雪では魔法は人々が憧れるような代物ではなく、むしろ呪いに近いものとして描かれている。エルサは自分が魔法を使える事で苦しい目に遭うのだから。
そんな中で、エルサの呪いを解くためにオラフが生まれた事だけがエルサにとって利益に働く素敵な魔法なのである。
では一番の問題、
エルサの呪いとはなんであり、その呪いを解く方法はなんなのか。
初めにトロールはエルサにこんな事を言う。
『恐れが敵となるだろう』
この恐れこそがエルサの呪いである。
この恐れとはエルサが魔法を使える事に対する他の人の恐れである。
エルサを恐れた人々が最終的にエルサを殺そうとするという具体的危険を暗示している。
その暗示された顕著な未来が、ハンスがエルサを殺そうとするシーンだ。
人々がエルサの魔法を恐れて彼女の死刑を望んだ結果である。
だが、トロールの言う恐れにはもう1つ意味がある。
それはエルサ自身の恐れだ。
エルサは一度失敗を犯し、その失敗によってアナを傷つけ、自分も孤独になってしまった。
もう2度と失敗しない。
そうすればアナとまた一緒にいられる。
しかし、失敗してしまう。
そしてみんなに自分の魔法の力を見られてしまい国を追われる。
そこで歌いあげるのがLet it goだ。
失敗しないように完璧な娘でいようとした。
でもまた失敗してしまったからもうどうでもいい。どうにでもなれ。吹雪よ荒れよ。私は少しも寒くないから…。
悲しい曲である。
小さい頃からエルサに拒絶され続けたアナは悲しかっただろう。
でもエルサも同様に悲しかったのだ。
Do you wanna build a snowmanの最後はドア越しにアナとエルサが背中合わせになる。
その時にエルサの部屋では雪の結晶が浮かんでいる。
この現象はエルサの悲しみが極に達した時に起こるものであり、ラストの伏線でもある。
ハンスの言葉を聞いてエルサが地に膝を着くと雪が降ることをやめ空中に留まり始めたのはこのためである。
アナが死んだと聞かされたのがそれほど悲しかったのだ。
親が死んだ時にも同じように悲しかったのだろう。それでもアナと励まし合う事はできなかった。魔法を誰にも見せるなという親の教えを守るために。
そうやってエルサは常に自分の思いよりも他の人を優先してきた。
だが、そんなエルサを更に悲劇が襲う。
アナが来てアレンデール全土が吹雪で覆われている事を聞かされるのだ。
この時本当にLet it goの歌詞の通りにエルサが思っていたのなら、『誰がなんと言おうともう気にしないわ』の文言通りアレンデールがどうなろうと気にしなければ良かったのだ。
でも本心は違う。
全然寒くないからと自分に嘘ついてまで城に籠ったのはアナを、アレンデールのみんなを自分の魔法で危険にさらさないためだった。
でも結局は全て無駄だった。
酷いわ悲しい。何もかも無駄だったの?
無意味だったの?
これはFor the first time in forever repriseの歌詞である。
この曲でアナは未来系で歌っている。
大丈夫きっとこの冬を終わらせられるよ。
エルサならできるって!
でもエルサは過去形で歌う。
違う。もう十分すぎる程頑張ったのに失敗した。
私はできなかったの!
他人に危害を加えないために1人遠くの山に籠ったのに、それでも無駄ならもうどうすればいいのか。
それでも更に更にエルサの悲劇はまだ続く。
ハンスが率いてきた男達に武器を向けられ、エルサは捕らえて拘束されてしまう。
そこから命からがら逃げてきたエルサをハンスは追い詰める。
この時エルサは言いたい事がいっぱいあったはず。
なんで私にこんな酷い事するの!
お願い私を殺さないで!
そもそもあなたが現れてアナと結婚するとか言い出さなければ私は…!
ふざけんなハンス!!!
でもそれらの言葉を全部飲み込んだエルサの口から出てきた言葉は、ただ、ただ、
『妹の事をお願いね』
今にも自分を殺そうとする人に発したのは、怒りでも、憎しみでも、命乞いでもなく、アナを思いやる優しい言葉だったのだ。
そんなエルサに対してハンスはとどめの台詞をドスをきかせた声で浴びせる。
『アナは死んだ。君のせいだ』
くずおれるエルサ、
その隙にハンスはエルサに向けて剣を振り上げる!
エルサは何も抵抗しない。
ハンスが近づいてきている事は気づいているはずなのに。
もしかしたらエルサはこう思っていたのかもしれない。
そっか、もっと早く私が死んでいれば全てがうまくいっていたのかもしれない。ならもう…
信じれば夢は必ず叶う。
そう謳ってきたディズニーがアナ雪で描いたのは残酷な現実。
どんな辛い時にも人のために、人のためにと自分を犠牲にしてきた。1人で苦しんできた。
そんな優しいエルサは、今にも殺されようとする瞬間に絞り出した言葉さえ、やっぱり人を慮る優しい言葉だったのに。
そのエルサは殺される。
結局そうだ。
優しい人間は損をする。
最後の最後まで損をする。
そんな事はこの世界に20年以上も生きている人なら全員知っている。
もう俺はこんな世界好きになれないよ…
頼む。他の奴らなんて全員どうなってもいいから、エルサだけは幸せになってくれ
ディズニーだろ
なんでここで魔法が起きてエルサを助けてハッピーエンドにしてくれないんだ
結局、この世界に魔法なんて存在しないんだよ
…
…
…
だが、そんなエルサの前に1人の人間が立ちはだかってくれる。
アナだ。
『私のために自分を犠牲にしてくれたの?』
『大切な人だから』
そしてアナと抱き合うエルサ。
一度過ちを犯してアナを傷つけてしまった日。
ごめんね、とアナを抱き締めて以来の事である。
その時以降、エルサは1回も他の人に触れずに1人孤独に過ごしてきた。
でも本心ではずっと誰かと触れあう事を求めてきた。
暖かく抱き締め合う事を求めてきた。
失敗しないでいればいつの日かまたアナを抱き締められるかな。
でも失敗しちゃったからもうそれも叶わない。
もう1人で山に籠ろう。
そんなエルサを抱き締めてアナは愛してると言ってくれた。
なんだ、失敗してもいいんじゃん。
だって失敗したって、魔法の力を見せたって、
そんな自分をありのままで愛してくれる人がいるんだから。
もう、恐れる必要は無いんだ。
それを知った瞬間エルサの恐れは消え、呪いが解ける。
そして魔法をコントロールできるようになるのだ。
エルサを最後に助けたのは輝かしい魔法なんかではない。
アナの小さな優しさと、小さな勇気だった
確かにこの世界に魔法なんて存在しないかもしれない。
でもアナのように誰よりも弱い人間が持ちうる小さな優しさこそが、誰かにとって
奇跡のような魔法なんだよ
そう言ってくれている。
これがディズニーが描く新しい魔法だ。
俺も人生で辛い時はたくさんあった。
もう魔法でもない限りどうにもならないんじゃないか。そんな時も何度かあった。
でも思い返してみれば、
そんな境地から救いだしてくれたのはいつも他の人の小さな優しさだったように思う。
家族であったり、友人であったり、先輩であったりが悩みを聞いたり励ましてくれたりしてくれた。
本人達にとってはもう覚えていないような片手間に発した言葉や行動だったかもしれない。
でもそれが辛い時の俺には魔法のように眩しく見え、もう少し生きてみようと勇気をくれた。
そしてこのアナと雪の女王という映画が、そんな大事な事を俺に教えてくれた。
監督であるジェニファーリーはアナ雪の物語をこう語る。
『愛が恐れに勝つ話を作りたかった』
その言葉の通り、本当に『真実の愛』をテーマにした作品に相応しい出来に仕上がっている。
アナ雪を作ってくれて本当にありがとう。
最後に、
アナ雪は弱い人間の物語である。
1人も強い人間は出てこない。
みんな目的を達成できずに失敗する。
王子を求めたアナはその王子に裏切られるし、
クリストフは自分の力でアナを助ける事はできなかったし、
ハンスはアナと似た境遇だったのにアナとは正反対の道を歩んでしまう。
失敗をしない事を求めたエルサも結局は失敗してしまう。
でも俺はエルサが弱い人間で良かったと思う。
1人で生きていけるのは強い人間かもしれない。
でもエルサがみんなとじゃなきゃ生きていけない弱い人間で良かった。
寒くても平気と言えるのは強い人間かもしれない。
でもエルサが人の暖かさを求める弱い人間で良かった。
もう2度と涙は流さない。そう決意した人間は強いかもしれない。
でもエルサが最後の最後に人のために涙を流せる弱い人間で良かった。
俺も誰よりも弱い人間だ。本当にそう思う。
それをずっと呪って生きてきた。
でもアナ雪を見て初めて自分が弱くて良かったと思えた。
弱い人間だけが、
弱い人間の事を分かってあげられるんだから。
これから先何があろうとも、
弱くても優しく生きていきたい。
その結果どれだけ損をしようとも、
最後の最後に俺の口から出てくる言葉が、
エルサのように人を慮る優しい言葉なら俺は素晴らしい人生を送れた。
そう胸を張って言えるんじゃないかな。
そして何よりも、
周りにエルサのような人がいるなら、
アナのようにその人を理解してあげて、できるなら力になってあげられる人間になりたい。
そして『なんで助けてくれるの?』って聞かれたら、
『大切な人だから』
そう言ってあげたいな。
今のディズニーは信じれば願いが叶うなんて言わない。
それでももし、こんな俺の願いが万が一叶うとしたなら、俺もこんな優しい映画を作りたい。
何もできないオラフでもアナに愛がなんなのか伝える事ができたように、
何もできない弱い俺だからこそ映画を通して伝えられる事があるかもしれない。
でもそれはアナやエルサのように生きられたとしたら、その延長線上にあるものだと信じている。
だから、
俺もいつか誰かにとっての魔法のような存在になれたらいいなー
その事を決して忘れないように、
こう聞かれたら俺はこう答える。
『1番好きな映画は何?』
『アナ雪だよ』